北朝鮮のミサイルから日本をどう守るか②

 
費用の面もさることながら、イージス・アショアにはシステム面においても重大な懸念事項があった。
 
イージス・アショアは発射直後にミサイルを垂直に推進させるブースターが付いており、そのブースター部分が上空で切り離されて地上に落下する仕組みになっている。
 
ゆえにブースターの落下地点によっては、たとえばもし市街地や住宅地に落ちるようなことがあれば、それこそ大事故につながる可能性もある。
 
配備候補地の一つであった陸上自衛隊・むつみ演習場(山口県)近隣の地元住民、および山口県はブースターが住宅地に落下する事態を危惧していた。
 
しかし、そもそもイージス・アショアにはブースターの落下地点をコントロールする発想は設計上まったくなく、ブースターや破片などがどこに落ちるかについては考慮されていなかった。
 
そこで防衛省自衛隊は、ミサイルの速度と飛翔方向・上空の風向きと風速・落下時のブースターの姿勢を基に落下位置をあらかじめ算出し、算出した地点にブースターを落とせるよう、燃焼ガスを噴出するノズルの向きをソフトウェア上で変更することによって、ミサイルの飛翔経路をコントロールしようとした。
 
ソフトウェアの改修にあたり、アメリカ側との調整も進めていた。
 
 
2018年8月以降、防衛省山口県の関係自治体、そしてむつみ演習場近隣の地元住民に対し「演習場内に確実に落下させる」と繰り返し説明しつつ、必要な措置を講じることを約束するとともに、もう一つの候補地である陸上自衛隊・新屋演習場(秋田県)から発射するミサイルについては、一貫して「ブースターは海に落下する」と説明してきた。
 
だが配備候補地となった2県の地元住民からは、ミサイル発射時のブースターの落下に対する危惧だけでなく、敵の標的になる可能性やレーダーの電磁波による健康被害を不安視する声も上がっており、また一部では抗議デモや署名などの反対運動も起きていた。
 
それでも閣議決定されたイージス・アショアの配備を実現するために、防衛省には地元住民から配備に対する理解と協力、そして何より信頼を得るべく、真摯で誠実な対応が求められたのは言うまでもない。
 
それにも拘らず、2019年6月、秋田県をはじめとする関係自治体などに向けた防衛省説明資料に数値の誤りが散見されることが報じられ、その直後の6月8日秋田市で開催された説明会では、東北防衛局調達部次長が居眠りをし、地元住民の激しい怒りを買った。
 
たび重なる防衛省の不手際に不信感を抱いた秋田県佐竹敬久知事は、6月10日の県議会で話は振り出しに戻った」と述べ、防衛省との協議を白紙に戻す考えを表明した。
 
6月17日には岩屋毅防衛大臣当時)が秋田市を訪れ、佐竹知事や秋田市の穂積市長と会談し、直接謝罪を行っている。
 
また同月、山口県向けの説明資料に関し、むつみ演習場の北西に所在する西台の標高について国土地理院のデータと異なる数値が記載されていたことも明らかになった。
 
その後、新屋演習場に関しては、ゼロ・ベースで配備候補地を選定するための再調査が、むつみ演習場については、付近の地形等がレーダーの遮蔽とならないかどうかを確認するための測量調査が実施されることとなった。
 
 
2020年を迎え、まもなくアメリカ側が実施した技術的な分析・評価から得られたより精度の高い情報をもとに、防衛省内で緻なシミュレーションが行われた。
 
その結果、ブースターを演習場内に落下させるためには、ソフトウェア上での修正だけでは難しいことが判明し、5月下旬には、ミサイルハードウェアを含むシステム全体の大幅な改修が必要になることが明らかになった。
 
日米共同開発の弾道弾迎撃ミサイル「SM-3ブロックⅡA」にはそれまでに約12年の歳月と2000億円余り(日本側の負担額は約1,100億円)の資金が費やされていた。
 
ハードウェアの改修のためには、18億ドルの追加費用と10年の期間を要する上、ミサイル自体の能力がこれ以上向上するわけでもない。
 
 
河野防衛大臣(当時)は6月3日、そして12日にも安倍首相と会談し、これ以上プロセスを進めてもコストに見合わず、配備計画は中止せざるを得ない旨を伝え、15日にイージス・アショア配備計画の停止を発表するに至った。
 
こうしてイージス・アショアの配備計画は立ち消えになったわけであるが、北朝鮮の核ミサイルの脅威は依然として目の前にある。
 
イージス・アショア配備の代替案が模索される中、選択肢として急浮上したのが「敵基地攻撃能力」保有であった。
 
(つづく)