北朝鮮のミサイルから日本をどう守るか③ 

 
イージス・アショア導入のプロセス停止が発表されてから約2週間後の6月30日、自民党本部ではミサイル防衛に関する検討チーム」の初会合が開かれていた。
 
検討チームの目的は、北朝鮮や中国からの経空脅威が増大・多様化している現状を踏まえ、日本は今後いかにそれらの脅威に対応していくべきか、その具体案を政府に提言することである。
 
座長である小野寺五典・自民党安全保障調査会長をはじめ、石破茂元幹事長、中谷元防衛大臣岩屋毅防衛大臣など、歴代の防衛大臣ら15名が集い、イージス・アショアの代替策、ならびに「敵基地攻撃能力」保有の是非について議論が交わされた。
 
北朝鮮のミサイルを撃ち落とすための「イージス・アショア」の代替策の話し合いの場で、なぜ敵のミサイル基地を攻撃するための「敵基地攻撃能力」保有の話になるのか、ともすれば論点がズレているように思われるかもしれない。
 
検討チームによって「敵基地攻撃能力」保有に関する議論が行われるようになった直接のきっかけは、6月18日の総理大臣記者会見における安倍(前)総理の以下の発言にあると言われている(※1)
 
自民党内などで敵基地攻撃能力の保有を求める声が出ていることに関して)
例えば相手の能力がどんどん上がっていく中において、今までの議論の中に閉じ籠もっていていいのかという考え方の下に自民党の国防部会等から提案が出されています。我々も、そういうものも受け止めていかなければいけないと考えているので(※2)

 

(※1)「産経新聞」2020年7月1日
 
 
安倍総理のこの発言から、「敵基地攻撃能力」保有に関する議論が一気に「再燃」したわけであるが、再燃というからには、もちろんこれまでにも「敵基地攻撃能力」保有に関する議論というのは、何度も行われてきているのである。
 
近年でいえば、自民党は2009年と2013年に「策源地攻撃能力」の、2017年には「敵基地反撃能力」保有を検討する必要性がある旨、政府に対し提言している(※3)
なお、いずれも「防衛大綱」(それぞれ22大綱、25大綱、30大綱)策定に当たっての提言である(※4)
 
(※3)「策源地攻撃能力」=「敵基地反撃能力」=「敵基地攻撃能力」。
(※4)正式には「防衛計画の大綱」。日本における安全保障政策の中長期的な基本指針を示したものであり、概ね10年後までを対象としてはいるものの、近年は数年単位で改訂されている。「22大綱」は平成22年度版、「25大綱」は平成25年度版(以下略)のことである。
 
 
敵基地攻撃能力は、25大綱までは「策源地攻撃能力」と称されていたが、策源地攻撃と聞いて思い出されるのは、筆者が防大の学生時代に大変お世話になった、当時の防衛学教育学群長(空将補)である。
 
防大3年か4年の時、東大の本郷キャンパスでの学園祭(五月祭)で開催される、東京大学国家安全保障研究会主催の公開討論会にお招き頂いた。
 
先方から提示されたテーマは「BMD」(弾道ミサイル防衛)で、「あえてこちらの十八番をテーマに指定してくるとは、さすが東大は違うな~」などと思ったものである。
 
そして、その討論会の基調講演を務められたのが、当時の防衛学教育学群長であった。
 
学群長は本番当日までの準備期間、「防大生がBMDをテーマにしたディベートで東大生に負けるようなことがあってはならない!」と、勉強会や打合せを何度も開いてくださり、BMDだけでなく、防空の最前線の現況や、いま空幕(航空幕僚監部)では何が議論されているのか、ファイター・パイロットとしての矜持、指揮官に求められるものは何かなど、実に貴重なお話をしてくださった。
 
今思えば、学群長と過ごした時間は、防大4年間の中でも実は最も得難い体験であったといえる(当時は「学群長、おしゃべり好きだな~」くらいにしか思っていなかったが…)。
 
「策源地攻撃」と聞いて学群長を連想するのは、お会いする度に「イージス艦PAC3も大事だけど、やっぱり策源地攻撃だよ!」と仰っていたからである。
 
星野学生は策源地攻撃、どう思う?」
「いいとは思うのですが、北朝鮮のTEL(※5)をどうやって捉えるかですよね」
 
というようなやり取りを何度も繰り返していたので、筆者は密かに「策源地攻撃空将補」と(心の中で)呼んでいた。
 
(※5)Transporter Erector Launcher の略。輸送起立発射機。発射台付き車両とも言われる。地上発射型のミサイルを搭載して輸送し、発射時に搭載したミサイルをそのまま起立させて発射する。
 
 
さて、そんな学群長であるが、これがまたもの凄く男前であり、そしていつも笑顔で気さくに接してくださった。
 
ある日、学群長室に呼ばれたので行ってみると、学群長が満面の笑みを浮かべながら「さっきケーキとお菓子をたくさん買ってきたから、みんなで食べよう!」と、空将補からまさかのおもてなしを賜ってしまった。
 
聞けば、ご自身で車を運転されて買い出しに行かれたという。
 
世の中、自分より立場が下の人間に対する態度が露骨に酷い人間はごまんといるが、「偉くなってもこんな人もいるんだな、かっこいい!」と驚いたことを覚えている。
  
 
そして何を隠そう、この学群長、後の航空総隊司令官(空将)である。
 
航空総隊司令部とは、航空自衛隊の戦闘機部隊および高射部隊、警戒管制部隊などの航空戦闘部隊を一元的に指揮・統括している組織であり、その最高指揮官である航空総隊司令官は、まさに「日本の防空最前線のトップ」である(※6)
 
(※6)航空自衛隊の最高位は航空幕僚長であり、航空総隊司令官は航空幕僚長に次ぐ事実上ナンバー2の地位であるとされる陸上自衛隊では陸上総隊司令官(陸将)、海上自衛隊では自衛艦隊司令官海将)が同等のポストに当たる。
 
 
学群長が航空総隊司令官になられたのは、筆者が自衛隊を辞めてから数年以上経ってからであるが、それを偶然にも知った時、「ああ、そりゃそうだよな」という感想が湧いてきた。
 
自衛官に限らず、今まで会ったすべての人の中で、最も「かっこいい男」のうちの一人がこのお方である。
 
なお、学群長が航空総隊司令官のポストを最後に退官された際に書かれた記事を見つけたので、興味がある方はぜひお読み頂きたい。
 
 
話が横道に逸れてしまったが、次回は「策源地攻撃能力」、もとい「敵基地攻撃能力」保有に関する議論について、あらためて考察したい。
 
(つづく)