日本は敵基地攻撃能力を持つべきであり、そのための議論を今後も続けていかなければならない。
そう言うと、日本が敵基地攻撃能力を保有することには、よほど大きなメリットがあるように思われるかもしれない。
では、「敵基地攻撃能力」の効用とはいかなるものか。
第一に、「より安全なオプション」としての機能が挙げられる。
ミサイル防衛(MD)は「多層防衛」 として捉えることが何より重要であり、 相手に攻撃を思いとどまらせる「抑止」、ミサイル発射後の「 迎撃」(これはさらに発射直後の「ブースト段階」、 大気圏外を飛んでいる間の「ミッドコース段階」、 大気圏に再突入してから着弾直前までの「ターミナル段階」 の3段階に分けられる)、そして迎撃に失敗した場合の「 国民保護」あるいは「被害管理」に至るまで、 全ての面で万全を期すことが求められる。
配備計画が撤回されたイージス・アショア、 あるいはイージス艦は、相手が発射したミサイルが「 ミッドコース段階」に達したところで迎撃するものであり、 それを撃ち漏らした場合に「ターミナル段階」 で迎撃するのが地対空誘導弾ペトリオットミサイル(PAC-3) である。
イージス・アショアの配備計画において、 ブースト切り離し時の落下位置の問題が大きく取りざたされていた が、「ターミナル段階」で迎撃するPAC-3は、 落下物に関しても着弾に関しても、「ミッドコース段階」 での迎撃以上にリスクは高くなる。
第二に、「抑止力」としての機能である。
ここで言う抑止とは、日本が敵基地攻撃能力を持つことによって、 敵に日本を侵攻しようとしても上手くいかない、 目的達成は困難であると思わせるか、 あるいは日本による報復行動(反撃) によって生じるであろう損害は、 日本を侵攻することで得られる便益よりも却って大きくなってしま うと思わせることによって、 日本への攻撃を未然に防ぐことを指す。
しかし抑止が有効に機能するには、抑止する側、 される側の双方が費用対効果を合理的に計算する(コスト・ ベネフィット分析に基づいて対外政策を決定する) 能力がなければならない。
また、 抑止する側が威嚇した報復を確実に実施することに信憑性がなければならず、同時にその信憑性を担保するに足る能力が整備されている( と被抑止側に認識される)必要がある。
(※1)「北朝鮮のミサイルから日本をどう守るか④」参照。
こう聞くと、軍事技術的な課題も多く、実現へのハードルが極めて高い割には、 敵基地攻撃能力を保有することにはさしてメリットなどないように思われることであろう。
しかし、日本の安全保障という、よりマクロな視点に立てばどうだろうか。
敵基地攻撃能力保有、ひいては「攻撃能力」の保有は、 軍拡を進め、 現状変更を企図した対外強硬路線を続ける中国に対する抑止、 さらには極超音速滑空兵器や極超音速巡航ミサイルといった極超音 速兵器の開発を進めるロシアに対する抑止として少なからず有効に機能し 得る(※2)。
(※2)極超音速滑空兵器(Hypersonic Glide Vehicle: HGV)は弾道ミサイルから発射され、大気圏突入後に極超音速( マッハ5以上)で滑空飛翔・機動し、目標へ到達する。 極超音速巡航ミサイル(Hypersonic Cruise Missile: HCM)は、 極超音速飛翔を可能とするスクラムジェットエンジンなどの技術を 使用した巡航ミサイルを指す。 極超音速兵器は弾道ミサイルとは異なる低い軌道を、 マッハ5を超える極超音速で長時間飛翔すること、 高い機動性を有することなどから、探知や迎撃がより困難であり、 既に実戦配備済みのロシアは「 あらゆるミサイル防衛網を突破できる」としている。一方、 アメリカは極超音速兵器を保有しておらず、ノースロップ・ グラマン社が攻撃用・防衛用双方の開発を進めている段階にある。
むしろすべての周辺国・地域 (中国・ロシア・北朝鮮・韓国・台湾) が中距離弾道ミサイルおよび巡航ミサイルを保有している状況に鑑 みて、 日本もそれに応じた抑止力を整備することは極めて合理的な政策判 断であると言えよう。
そして筆者が、日本は敵基地攻撃能力を持つべきであり、 そのための議論を続けていくべきだと主張する理由は、 来る「 混迷極まる東アジアの時代」、 換言すれば戦争の地政学的リスクが世界的に見ても極めて高い地域・時代において、日本が平和国家であり続けるためには「 その先にあるもの」 に手を付けなければならないと考えるからである。
敵基地攻撃能力保有のその先にあるものとは何か。
有り体に言えば、「専守防衛を棄てる」ということである。
(つづく)