北朝鮮のミサイルから日本をどう守るか①

今現在、日本の安全保障関連でホットな話題といえば、日本のミサイル防衛(MD)に関するものであろう。
 
より具体的には、「北朝鮮のミサイルの脅威から日本をどう守るか」という話である。
 
 
先月24日、政府は導入を断念した「イージス・アショア」の代替策として、その構成品であるレーダーやシステム、迎撃ミサイル発射装置の一式を洋上で運用する三つの案を自民党の関係部会に提示した。
 
その内容は、(1)弾道ミサイル迎撃に特化した専用艦を含む護衛艦型、(2)民間船舶活用型、(3)石油採掘のような海上リグ型、であると説明されている。
 
しかし、いずれの案も技術的な検証が不十分であり、人員・コスト等の面で課題も多く、また与党の意見集約が難しい上、アメリカ側は「合理的でない」と異論を唱えているなど、議論は難航すると見られている(※1)
 
 
 
今後は「洋上運用3案」の中から絞り込む方針となってはいるが、筆者としては、この3案が出される前に話題になっていた「敵基地攻撃能力」の保有に関する議論が深まることを期待していた。
 
「敵基地攻撃能力」に関する問題は、憲法9条に基づく戦後日本の安全保障政策の大原則とされてきた「専守防衛」に関わる重要な議論であるが、それゆえに安全保障の専門家以外からは避けられがちなテーマでもあるため、本ブログでは積極的に取り上げていきたい。
 
本題に入る前に、まずはイージス・アショアの導入が断念されるに至った経緯について、あらためて振り返りたいと思う。
 
 
今から約3年前、2017年12月に安倍内閣は「イージス・アショア」の導入を国家安全保障会議NSC)で承認、ならびに閣議決定した。
 
北朝鮮は1993年に日本海に向けて最初の「ノドン1」を発射して以来、着実にそのミサイル関連技術を向上させてきた。
 
特に近年、ミサイル発射実験を繰り返す北朝鮮の脅威が急速に増大しており、その脅威から日本をどのように守っていくのかについて具体的に検討する必要性が高まっていた。
 
そこで自民党安全保障調査会は2017年3月30日、イージス・アショアや最新鋭迎撃システム高高度防衛ミサイル(THAAD)導入の検討を急ぐべきである旨、政府に提言した。
 
THAADに関しては、稲田朋美防衛大臣(当時)が1月13日にグアムのアンダーセン空軍基地での視察を終えていたが、導入費が高くつき、かつイージス・アショアに比べて防護可能な範囲が限られるなどの理由から、5月15日の参院決算委員会でイージス・アショアの導入検討を本格化させることが明らかにされた。
 
そして8月17日に開かれた外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)において、日本政府はイージス・アショアの導入方針をアメリカ側に伝えた。
 
2プラス2から約2週間後の8月29日には、北朝鮮西岸の順安から北東に向け発射された新型の中距離弾道ミサイル「火星12」が北海道上空を通過し、襟裳岬から東に1180キロの太平洋上に落下する事案が発生した。
 
北朝鮮のミサイルが日本の上空を通過したのは通算5度目となり、これは発射方向を事前に予告しない「異例の」ミサイル発射実験でもあった。
  
北朝鮮は、2017年2月から11月の間に計16回に及ぶミサイル発射実験を行い、大陸間弾道ミサイルICBM)の打ち上げにも成功した。
また、「火星12」の発射実験から5日後には6度目の核実験を行っており、これについて国営の朝鮮中央テレビは「水爆実験に成功した」と報じている。
 
急速に核戦力を増進し、アメリカや同盟国である日本・韓国を攻撃すると脅しをかける北朝鮮金正恩委員長に対し、アメリカのトランプ大統領は国連演説の中で「アメリカと同盟国を守ることを迫られれば、北朝鮮を完全に破壊する以外の選択はない」と警告するなど、「チビのロケットマン」と「おいぼれた犬」の応酬は互いに核戦争の可能性を示唆するにまで至った。
 
 
いずれにせよ、核兵器を有する北朝鮮のミサイルにいかに対処するかという問題は、日本の平和と安全を守る上でも極めて重要であることに疑いはない。
 
日本のミサイル防衛は、まず海上自衛隊イージス艦から発射される弾道ミサイルが大気圏外(ミッドコース段階)で敵ミサイルを迎撃し、もしそれが外れた場合には、航空自衛隊ペトリオットミサイル(PAC-3)が大気圏に再突入した後(ターミナル段階)で迎撃するという、二段階の多層防衛を基本とする。
 
もちろん、極力遠く(大気圏外)で、すなわちイージス艦で迎撃できるに越したことはない。
そうであれば、イージス艦の数を増やすことでより精度の高い迎撃態勢を整えられそうではあるが、慢性的な人員不足に悩む海上自衛隊が新たに300名の乗組員を確保するというのは、他のオペレーションの遂行にも影響を及ぼしかねない以上、得策とは言えない。
 
そこで陸上配備型のイージス・アショアを導入することにより、「わが国を24時間・365日、切れ目なく守るための能力を抜本的に向上できる」(『平成30年版 防衛白書』)と目されたわけである(※2)
 
(※2)イージス・アショアの根幹をなすイージスシステムとは、メリカ海軍が開発した海上弾道ミサイル防衛システムである。開発当初の目的である艦隊防空はもちろん、高度な索敵能力、情報処理能力および対空射撃能力を備える画期的なシステムであり、その汎用性は極めて高く、防空戦闘以外にも海軍の様々な任務に対応可能であることから、イージスシステムは巡洋艦駆逐艦フリゲートの3つの艦種に搭載されている(イージスシステムを搭載したこれらの艦艇の総称が「イージス艦」であり、イージス艦という個別の艦種が存在するわけではない)。そしてイージス・アショアは、イージス弾道ミサイル防衛システムの陸上コンポーネントである。要は「陸のイージス艦(のBMD特化版)」と言えよう。< https://www.lockheedmartin.com/en-us/products/aegis-combat-system/aegis-ashore.html >
 
さて、気になるイージス・アショアのお値段であるが、これがまたべらぼうに高い。
 
当初見積り価格は、基体の取得価格のみで1基あたり約800億円、日本全土をカバーするには2基必要になるので、約1600億円程度とされていた。
 
しかし、蓋を開けてみれば1基あたり約1340億円(当初比7割増)、向こう30年間の維持・運用の経費を含めると2基で約4664億円にのぼるという。
 
さらにこの額には、イージス・アショア自体の防護対策費や弾薬庫等関連施設の整備費、そして1発30億~40億円と言われる「弾」(SM-3ブロックⅡA)数十発の取得費用などは含まれていない。
 
実際に運用する上で必要となる諸費用を全て合わせた総額は6000億円以上(「産経新聞」2018年7月23日)、あるいはFMS調達(※3)によりアメリカ政府が契約の主導権を握るため、「総額は見通せない」(「日経新聞」2018年7月30日)と報じられた。 
  
(※3)対外有償軍事援助(Foreign Military Sales: FMS)を利用した調達。FMSはアメリカ国防総省が実施している対外軍事援助プログラムで、経済的な利益を目的とした装備品の販売ではなく、アメリカの武器輸出管理法などの下、アメリカの安全保障政策の一環として装備品ならびに教育訓練等の役務を有償で提供するものである。輸出窓口は製造メーカー等の企業ではなく政府(アメリカ国防安全保障協力局)となり、それによって最新鋭・機密性高い装備品を輸入でき、かつ教育・訓練の提供を受けることができるなどのメリットがある。その一方で、価格は見積りであり、原則前払いで履行後に実質精算されるため、当初見積り額から高騰することもある上、納期が年単位で遅れることもザラで、また実施条件についてはアメリカ側に従う必要があるといったデメリットがあることも無視できない。
 
(つづく)