台湾をめぐる米中戦争は「空想上の紛争」?

一説によれば、中国は2027年までに台湾に軍事侵攻し、「力による統一」を実行すると予測されている。

 

これは2022年10月に開かれた中国共産党第20回全国代表者大会(20大)のなかで、習近平国家主席が「最大の誠意と努力で平和的な統一を堅持するが、決して武力行使を放棄せず、あらゆる必要な措置をとるという選択肢を残す」と述べ、統一のためには武力行使も辞さない姿勢を示したこと、また翌23年3月に米政府が国家情報長官室から公表した年次報告書(Annual Threat Assessment of the U.S. Intelligence Community)のなかで、「中国は習近平指導部が3期目に入る中、台湾に統一を迫るとともに、台湾へのアメリカの影響力を弱らせようとする」としたうえで、「台湾有事の際にアメリカの介入を抑止できるだけの軍の態勢を2027年までに整えるという目標に向けて取り組みを進めている」と指摘したことなどが主な論拠となっている。

 

2025年8月現在、この「台湾有事2027年(まで)説」は下火にはなりつつあるものの、いまだに一定の支持を集め続けているようだ。

 

実際に2027年までに台湾有事が生じるかどうかは定かではないが、国土の最西端に位置する与那国島からわずか111kmしか離れていない日本にとって「台湾有事は日本有事」であり、事が起これば日本は確実に「巻き込まれる」ことになる。

 

中国が台湾に武力侵攻をしかければ、当然アメリカが黙ってはいない。

「力による現状変更」に対しては米軍が展開し、武力によってそれを阻止する。

アメリカが地球規模でのプレゼンスを維持する上で必要な前方展開の一環として、日本には展開兵力5万人を超える米軍が駐留しているのである。

 

それゆえ、たとえ台湾有事が起きたとしても在日米軍を中心に米軍が全面的に日本を守ってくれる……わけではない、台湾有事が起きてもアメリカは軍事介入はせず、中国と戦争をすることはないと主張する論考を紹介したい。

 

8月14日(現地時間)、米誌「ナショナル・インタレスト」(電子版)に寄稿された論考のなかで、アメリカのシンクタンカーであるサミール・タタ(Samir Tata)は「台湾有事は米中戦争には発展し得ない」と断じている。

 

nationalinterest.org

 

タタによれば、台湾有事をめぐる米国の軍事介入は「戦略的にも財政的にも不可能」であるという。

 

アメリカと中国の関係の基礎は、ニクソン訪中の際の1972年2月27日に発表された「上海コミュニケ」にある。

ここでアメリカは「台湾は中国の一部である」という中国の立場を認め、1979年には中華人民共和国を唯一の正統政府と承認したが、その際に台湾(中華民国)との国交を断ち、1954年12月に締結された米華相互防衛条約も事実上無効化、1980年1月に有効期限を迎えた。

 

これまでアメリカは台湾の独立を支持したことは一度もなく、台湾問題は中国の内政という立場を維持してきた。

1979年に制定された台湾関係法では、台湾が武力で統一されるような事態に陥った際、台湾を防衛するための軍事行動の選択肢を米大統領に認めることを定めてはいるが、米軍の介入は義務ではなくオプションであって、アメリカによる台湾の防衛を保障するものではない。

 

なお、この台湾関係法に基づく台湾有事への軍事介入を確約しないアメリカの外交・安全保障戦略は「戦略的曖昧さ」(Strategic Ambiguity)と呼ばれる。

この「戦略的曖昧さ」こそが、中国を牽制しつつ、アメリカが戦争に巻き込まれるリスクを避けてきた要因の一つであるとみることができる。

 

また、タタはアメリカが米中戦争に踏み切ることが非現実的である理由として、以下の四点を挙げている。

 

第一に、これまでにアメリカ大統領が「台湾防衛は米国の死活的利益」と明言したことは一度もなく、非国家主体である台湾の防衛は、アメリカの死活的国益には相当しないこと。

 

第二に、アメリカの軍事行動は中東に集中しており、台湾問題がアメリカの安全保障上の最優先課題でないことは明白であること。

 

第三に、アジアにおけるアメリカの主要同盟国であるオーストラリアと日本は、台湾をめぐる米中間の紛争発生時に物質的支援を提供する意思を明確にするよう求めるワシントンの要請を拒否していることから、アメリカは単独で対応せざるを得なくなる可能性が高いこと(※)

 

(※)タタは日本やオーストラリアが台湾有事に協力することを拒んでいると主張するが、実際に台湾有事が米中戦争へと発展すれば、在日米軍基地のある日本は確実に中国の攻撃目標とされるため、日本は協力を拒否しようにも自衛隊は「戦争のプレーヤー」にならざるを得ない。

 

第四に、2024年時点でアメリカの国債は37兆ドルに達し、利払いだけで国防費を上回る状況であり、台湾防衛への米国のコミットメントは持続不可能な負担となることから、財政破綻と米ドル安につながる可能性を米国民が受け入れる可能性は低いこと。

 

台湾をめぐる軍事衝突は「アメリカのブラフ」にすぎず、あくまで「空想上の紛争」であって、現実的リスクは米中貿易戦争の激化である。「第四の米中共同コミュニケ」を策定し、台湾問題を米国の死活的利益から切り離すべきだ、というのがタタの主張である。

 

はたして、タタの言うように台湾有事を契機とした米中軍事衝突は非現実的な「空想上の紛争」であり、日本、そして自衛隊が台湾有事に備える必要性はないのであろうか。

 

少なくとも、日本の主権・領域・国民の生命や財産をはじめとするかけがえのない価値、すなわち死活的国益を守るという国家安全保障の本質を重視するリアリズムの視点に立てば、最悪の事態を想定して適時最善の備えを積み上げていく以外のオプション、ともすれば希望的観測に近いような前提で周辺環境を眺め状況を判断するようなことは、悪手以外の何物でもないと言えよう。

日本の安全保障の「真の問題」③

自衛隊の深刻な人材不足

そして、今回のインタビューで日本の安全保障に関わる最もファンダメンタルな問題として全員が言及していたのが「自衛隊の人不足」である。

陸海空を合わせた自衛隊の定員の充足率は、2024年12月時点で約90%にとどまる。

また、2023年度の自衛官の新規採用率は51%と過去最低を記録した。

少子高齢化による若年層の減少に加え、「終身雇用が当たり前」の時代から雇用の流動化が進み中途退職・転職が当たり前の時代になったという社会構造の変化もさることながら、職業としての自衛官に魅力を感じられない若者が増えているという見方もできる。

 

軍部の暴走と他国への侵略、そして悲惨な敗戦の経験から「いささかでも軍事に関わることは許せない」との思いを本能化してきた戦後の日本人にとってスタンダードであった視野狭小な平和主義・平和論はほとんど消え去り、かつては「税金泥棒」と揶揄され「日陰者」とされた自衛官の社会的な評価もかなりの程度改善してきている。

とりわけ安全保障を中心課題に据え、「戦後レジームからの脱却」に取り組んでいた安倍晋三政権期はその傾向が顕著で、メディアでも自衛隊を特集して持ち上げるような記事や番組が多く組まれていたことから、2022年11月に内閣府が実施した「自衛隊・防衛問題に関する定期世論調査」では、自衛隊に対してよい印象を持っていると答えた人の割合は90.8%にも達することがわかった。

それにも拘らず、自衛隊は若者のリクルートに苦戦しているのである。

 

複数の現役自衛官の証言によれば、航空自衛隊では昨年一年間で3佐~1尉の幹部自衛官が約130人も退職しているという。

実際に自衛隊を最近退職した元幹部自衛官の知人に話を聞いてみると、

「市ヶ谷の仕事は戦う気もない書類作成ばかりだし、特に高級幹部は一部を除いて本当にやる気がない。士気が低く、整備しかできない年寄りの定年を延長することで人員不足を補おうと躍起になっていて、中堅や若手を蔑ろにしている」

と、自衛隊という組織に対し失望しきっている様子であった。

彼のような中堅幹部の大量離職は程度の差こそあれ陸海空すべてに共通した深刻な問題である。

この先いくらAIを応用した兵器の開発によって省人化・無人化が進んだとしても、軍事組織の根幹はマンパワーに他ならない。

 

今回の現役幹部自衛官へのインタビューで挙がった情報をまとめると、海上自衛隊では水上艦艇、航空機、潜水艦のいずれも人が足りていないが、最も深刻なのは潜水艦乗りであり、勤務環境の過酷さ、潜水艦乗りに求められる能力水準に達している水兵(隊員)の絶対数が少ないこと、仕事内容に見合わない給料への不満などによって、組織内における職種のミスマッチが発生していることが主な原因であるとのことである。

 

また、航空自衛隊ではパイロット以外の職種、特に情報(インテリジェンス)幹部が多く離職する傾向にあり、情報幹部は英語をはじめ外国語に堪能であり基本的に地頭の良い隊員がアサインされていること、さらに日々の業務によって分析力やブリーフィングスキルが磨かれる環境にあるため転職市場でも引く手あまたであり、「優秀で仕事ができる人ほど辞めていく」といった声が複数聞かれた。

 

ある航空自衛隊の幹部は、人員不足の問題について以下のように語る。

「空自の人員不足は深刻で、パイロット以外は大半の職種が悩まされている。近年若手をターゲットとして俸給の改善がなされたものの、第一線で働いている中堅の待遇はほとんど改善されていない。ITリテラシーが極めて低く、改革にネガティブな年寄り高級幹部が居座っているせいで増加の一途を辿る任務と訓練を捌き切れておらず、中堅幹部はブルシット・ジョブに忙殺されるのだから、より能力を活かして活躍でき、かつ待遇の良い民間企業に人材が流れていくのは必然だろう。この組織にイノベーションは期待できない」

 

また、ある陸上自衛隊幹部はため息交じりに筆者にこう語った。

「とにかく人を大事にしない。自衛隊のHRは酷いし、リクルートも下手。幹部自衛官という仕事自体は魅力的だし、部隊勤務は本当にやりがいがある。だけど、それ以上に組織への失望が大きすぎて、優秀な人材から辞めていってしまうからどうしようもない」

 

若い人材を集められない。

今後の自衛隊を背負って立つはずの中堅幹部はどんどん離職していく。

自衛隊、そして日本の安全保障の「真の問題」は、軍拡と対外強硬路線を押し進める中国の脅威や北朝鮮のミサイルなどといった以前に、自衛隊の組織内部、特に現状維持を良しとする旧い組織カルチャーと危機意識のなさに見出すことができよう。

日本の安全保障の「真の問題」②

サイバー領域は脆弱

2014年のクリミア併合時から現在に至るまでロシアが見せているような「ハイブリット戦」への対処についても、防衛省自衛隊では多くの議論がなされてきた。

しかし、ある航空自衛隊の幹部によれば、ハイブリット戦への対処能力に関して自衛隊は立ち遅れているという。

「特にサイバー領域はまだまだ弱い。昨年末に能動的サイバー防御が閣議決定されたものの、世界的に見れば立ち遅れている感があるし、ロシアのコンティやストーモス、レッドバンディッツみたいなのが束になって仕掛けてきたら日本はひとたまりもない」

 

抑止が難しく、被害が生じてからの対応では遅いサイバー領域においては、米国では2010年頃から既に積極的防御(active defense)という考え方が採用されていた。

一方、日本では憲法第21条や電気通信事業法第4条で規定されている通信の秘密に抵触するという解釈から、米国流の前方防衛には否定的な見方がなされてきた。

 

転機が訪れたのは2022年2月24日にロシアによる軍事侵攻で始まったウクライナ戦争である。

ロシアのハイブリッド戦のなかでも、サイバー戦能力が果たす役割の大きさを実感した自衛隊は、2022年にサイバー攻撃からのシステム防護機能を強化する目的で約540人規模の「自衛隊サイバー防衛隊」を新編した。

まずは2027年度を目途にサイバー専門部隊を約4千人体制に、防衛省自衛隊全体では約2万人がサイバー関連業務に従事するよう人員を拡充することを掲げている。

 

しかし、先の防衛官僚は

「そもそも自衛隊でサイバーに携わるインセンティブがあまりない気がする。本当にスキルがあればGAFAMとかに引っ張られるだろうし、国内の民間企業大手でも引く手あまたのはず。あえて自衛隊を選ぶっていう若い人はあまり多くはないんじゃないか」

との見解を述べていた。

実際、サイバー防衛隊はいわゆる「デジタルネイティブ」世代に当たるIT・サイバー分野に強い隊員を十分に集めることができていないというのが現状で、かつての自衛隊指揮通信システム隊に所属していた隊員がそのまま業務を継続している状況にあるという。

 

他部隊からの異動によってサイバー関連の人員を充足させたところで、技術水準をはじめとする要員の質の問題に対応できるかどうかという点には疑問が残る。

無論、そのような事情を踏まえ、陸上自衛隊高等工科学校の「システム・サイバー専修コース」や陸上自衛隊「システム通信・サイバー学校」といった学校を整備し教育体制を強化しているわけではあるが、何より人材の育成には時間がかかる。

 

「制服や背広にネクタイを締めたデジタルイミグラントのおじさんが束になったところで、十代の頃から愉快犯的にハッキングを繰り返しているようなオタクに敵うわけがない」とはある防衛大教授の言葉であるが、結局のところ、喫緊のサイバー戦に対応するためには専門職での新規・中途プロフェッショナル採用などを通じてサイバーのスペシャリストを集める以外にない。

 

2024年7月、自衛隊はサイバー人材の確保・育成等の羅針盤となる文書として「サイバー人材総合戦略」を策定し、「自衛隊勤務に関心のある人、サイバーに知見のある人など幅広い人材を惹きつけ、能力強化を図る」ことを標榜しているが、後述するように自衛隊の「杜撰なHR」の改善なくして質・量の両面でリクルーティングが成功する見込みは薄いと言わざるを得ない。

 

また、日本にはサイバー分野における国全体の危機管理を所管する官庁・機関が存在していないという事実も問題を深刻化する。

自衛隊サイバー防衛隊はあくまで防衛省自衛隊の情報通信システムのみを防護することが任務であり、他には総務省が情報通信技術分野、経済産業省が重要インフラ分野、警察庁がサイバー犯罪と重要インフラへのサイバーテロ攻撃を縦割りの形でそれぞれに所管しているに過ぎず、ハイブリット戦の一環としてのサイバー戦に対応できる体制が国として整っているとは言い難い。

実際にサイバー戦が仕掛けられた際に自衛隊や警察をはじめ各省庁、そして民間企業・団体がどういった形で連携を取り、国を防衛するのかという点に関する具体的な施策は打たれていない。

 

サイバーと併せて、宇宙、そして電磁波のいわゆる「ウサデン」が新たな作戦領域として認識されるようになって久しいが、これらに関連して懸念されるのが「ケーブルの切断」であると、ある海上自衛隊の幹部は言う。

平時においては、陸上と海底において光ファイバーの入ったケーブルが多用されている。光ファイバーが送受信できる通信量は、無線通信に比べて莫大なものである。

それゆえ、戦時においては、そうしたケーブルが陸上や海底で切断される可能性が高い。

直接的な軍事攻撃ではない手段で敵に被害を与える「グレーゾーン作戦」である。

現代の光ファイバーの通信量を衛星通信等で代替することは不可能であることから、特に戦時における軍事通信や政府通信の優先的な確保については、平時から備えておかなければならない問題である。

日本の安全保障の「真の問題」①

戦後80年の節目の年にあたり、日本では悲惨な敗戦の歴史、とりわけ軍部の暴走によって他国を侵略し、無謀な対米戦争によって多くの国民の命を犠牲にした歴史をあらためて直視し反省することを通じて、今後の日本の外交・安全保障のあり方についてあらためて考えようとする機運が高まっている。

 

では現在の日本が直面する安全保障上の課題・問題とは何か。

 

日本の安全保障における最上位の政策文書である「国家安全保障戦略」は、現在の日本は「戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に直面している」との認識を示す。

とりわけ、過去30年間で約32倍、ここ10年で約2.1倍という驚異的なペースで国防費を増加させ、人民解放軍を「世界一流の軍隊」に築き上げるとの目標を掲げ軍拡を続ける中国の対外的な姿勢や軍事動向を「法の支配に基づく国際秩序を強化する上で、これまでにない最大の戦略的な挑戦」であるとし、強い懸念を示している。

 

また、近年かつてない高頻度で弾道ミサイルの発射等を繰り返し、急速にその能力を増強している北朝鮮の軍事動向については「従前よりも一層重大かつ差し迫った脅威」であるという見解を示し、さらにウクライナに侵攻し大規模な戦争を続けるロシアの「目的達成のために軍事力に訴えることを辞さない姿勢」は、「中国との戦略的な連携と相まって、安全保障上の強い懸念」であると明記する。

 

以上の「国家安全保障戦略」に記された内容は日本政府、そして防衛省自衛隊の「公式見解」であるがゆえ、パブリックの場で政府関係者や防衛省自衛隊関係者にインタビューを実施しても「公式見解」に即した通り一遍の回答しか得られない。

また、日本国憲法で「学問の自由」ならびに「言論の自由」が規定されているにも拘らず、防衛大学校防衛研究所に所属する国際政治学者や国際法学者が新聞や雑誌に寄稿する論考、ニュース番組や特集番組でのインタビュー、学会やシンポジウムでの講演、著作等はすべて防衛省職員(それも当該分野の専門家ではない)による検閲が入り、頻繁に内容の修正を求められるという。

現役の自衛官であれば公的な場での発言には当然「台本」が用意されることになる。

 

無論、国家安全保障に関する情報は極めて機密性が高くセンシティブな問題であるため、こういった情報規制は致し方ない面があるものの、やはり「国家安全保障戦略」や「国家防衛戦略」などの公的文書の分析や、首相や防衛相、自衛隊高級幹部の公的な場での会見やインタビューからは日本の安全保障における本質的な問題・課題は見えて来づらい。

 

そこで、防衛省自衛隊の中軸として国防の最前線を担い、部隊指揮官と防衛幕僚の職務を往来する現役の陸海空幹部自衛官(階級は2佐~1尉)と元自衛官、防衛官僚の計8名に直接話を聞くことを通じて、自衛隊が直面する日本の安全保障の本質的な課題・問題を洗い出すことにした。

 

防衛省自衛隊内でのホットなテーマは?

 

今回のインタビューでまず筆者が質問したのは、「最近の防衛省自衛隊内で議題に上がっているホットなテーマは何か?」である。この質問に対し一様に挙げられたのは、やはり「対中国」であった。

 

自衛隊では、陸・海・空・統合の各幕僚監部を筆頭に台湾有事や尖閣占拠を想定した図上演習・シミュレーションがそれぞれに実施されており、部隊演習においても小規模~大規模着上陸作戦や弾道ミサイル巡航ミサイル・長射程ロケットによる爆撃を受けた際の対応、日本の領域を含む海空域での海上封鎖・航空封鎖への対応などといった実践的な訓練を積み重ねているという。

 

また、最新のAI技術を応用し、ステルス性能も高めた第6世代新型戦闘機の開発に見られるような「新質戦闘力」の発展による強軍建設を急ぐ中国に軍事技術で後塵を拝することがないようにするためには、日本版DARPA・DIUとして昨年10月に防衛装備庁に新設された「防衛イノベーション科学技術研究所」に優秀な研究者・技術者を結集させるとともに、これまで以上に防衛産業全体を活性化させていく必要があるとのことである。

 

しかし、ある防衛官僚は日本の防衛産業の実態を次のように語る。

三菱重工川崎重工もスバルもIHIも、本音では防衛事業から手を引きたがっている。近年ではコマツ住友重機械工業島津製作所などが撤退していってるけど、顧客が防衛省自衛隊に限定される時点で防衛事業はまずもって儲からないし、日本国内では企業のイメージアップにもつながらないどころか、むしろマイナス要因になり得る。防衛関連の設計がスキル的な面で花形部署とは言っても、特に今の20代~40代には“国家のために”みたいなインセンティブは響かないし、会社としても稼ぎ頭の部門部署に優秀な社員をアサインしたいはず」

 

実際、防衛事業を手掛ける日本の大手企業は、企業そのものの規模に比して防衛分野の比率は極めて小さく、日本の国内製造業の売上高に対する自衛隊向け生産額を見ても全体のわずか0.45%(約2.0兆円、2022年度)と小規模にとどまる。

武器の輸出を原則的に禁じた武器輸出三原則に代わり防衛装備移転三原則が制定されてから10年以上が経過し、近年ではイギリス・イタリアとの新型戦闘機の国際共同開発にも乗り出してはいるものの、日本の高い技術力を最大限に活かして防衛力の強化につながるよう、オール・ジャパンで防衛産業を盛り上げていくことが求められている。

 

一方で、防衛産業の発展に根幹から影響を及ばしかねない別の問題も存在する。

 

「基本的に日本の学術界は左寄りだから、軍事・防衛というだけで拒否反応を示す研究者もいまだに少なくない。なかには防衛省ファンディングには断固として反対しながら、中国の研究には喜んで協力するような研究者もいて、中国は民間技術の軍事への転用を明言しているのに、なぜその中国には協力できて自衛隊には協力できないのか理解できない。まさに売国奴だ」

ある海上自衛隊幹部は憤った様子で筆者に語った。

民主党の動向ーーアメリカ大統領選挙

2024年も折り返し地点へと差し掛かったが、この下半期、世界で最も注目度の高いビッグイベントといえば、やはりアメリカ大統領選挙であろう。


アメリカ国内外でどれだけ「アメリカ分断論」や「アメリカ衰退論」が声高に叫ばれようと、国際政治、世界経済、あるいは国際安全保障にとどまらず、気候変動、グローバルヘルス、エネルギー、食糧問題といったグローバルないしトランスナショナルな諸課題に対応するにあたり、各国を動員し国際社会を先導できるのは、結局のところアメリカだけである。

 

無論、 アメリカはもはや唯一の超大国ではなく、そのパワー・リソースも有限ではあるが、まさに地球を覆うような同盟・パートナーシップ網を有し、あらゆる分野でこれほど圧倒的な影響力を有する国は依然としてアメリカ以外にはない。

 

東欧ではウクライナ、中東ではガザで大規模攻撃の応酬が続き、東アジアでは中国が粛々と軍事力を増強し続け、リビジョニスト国家間の結び付きがますます強まる今日において、いったいアメリカの次期大統領は誰が担うのか、これまで以上に世界が注目するのは当然である。

ウクライナ、ガザ、そして東アジア最大の紛争リスクを孕む台湾海峡の行く末は、今後のアメリカの政策判断によって大きく左右される。


さて、今回の大統領選に関して、日本のメディアにおいては「もしトラ」を案ずる論調ばかりが目立つが、 米ジョージア州アトランタで現地6月27日に開かれたジョー・バイデン大統領とドナルド・トランプ前大統領によるテレビ討論会では、多数のメディアが「struggle(苦戦、苦闘する)」という語を用い、バイデン側の劣勢を伝えている。


前回の大統領選で「Our best days still lie ahead.(さらに良い日々が待っている)」 というフレーズを繰り返し、アメリカの美徳をしきりに称賛するバイデンを支持したリベラル紙の代表格ニューヨーク・ タイムズは、6月28日の社説で「 バイデン大統領は選挙戦から撤退すべきだ」という見出しを打ち、「この国の将来、バイデン大統領の不安定さを考慮すれば、 アメリカは共和党候補に対抗できる、より強力な候補者を必要とする」と論じた。


なお、バイデンは29日、ニューヨーク州イーストハンプトンで開催された政治資金イベントにおいて、献金者・支持者を前に11月の大統領選からは撤退せず、選挙戦を継続することを明言している。


しかし、今回のテレビ演説で随所に見られたような、言葉に詰まる、声が出ない、敵(トランプ)のターンで完全に上の空状態などは、本人のいう風邪の症状云々というより、完全に加齢によって生じる年寄りのそれにしか見えない。


1942年生まれ、今年82歳になるバイデンの最大のネックは、やはり年齢であろう(ちなみに、トランプは1946年生まれの78歳で、 こちらも立派なおじいちゃんである。だが、 たとえバイデンのように老化による判断力等の減衰が出てきたところで、トランプのそれが加齢によるものなのかの判別はつきずらい)。


では、仮にバイデンが撤退する場合、いったい誰が民主党の大統領候補として擁立されるのであろうか。

 

副大統領のカマラ・ハリスは、在任期間中にこれといった実績を挙げているわけでもなく、なにより国内での人気に乏しい。

 

かつて「バリキャリ」から「最強のファーストレディ」となり、後にオバマ政権で国務長官を務めたヒラリー・クリントンは、政治的影響力や外交経験でいえば申し分ないが、2016年の大統領選でトランプに敗れている。

 

プリンストン大学、ハーバード・ロースクール出身で弁護士、そしてバラク・オバマ元大統領の妻としてファーストレディとなったミシェル・オバマは人気も高く、彼女の出馬待望論は絶えないが、本人はその可能性を否定している。

 

あるいは、カリフォルニア州知事のギャビン・ニューサムやペンシルヴェニア州知事のジョシュ・シャピロなどに期待する声も国内にはあるが、彼らも自らバイデンの代わりとなる意思表示はしていない。

 

民主党が大統領候補者を正式に指名するのは、8月19日から22日にかけてシカゴで開かれる党大会であるが、バイデンが撤退を表明したとして、そこからどのようにして巨額の選挙資金を集めるのか、短期間でトランプに勝てるほどの支持を得られるのかなど、現実的な障壁は高い。

 

しかし、このままバイデンが選挙戦を継続したところで、重要なメディアの支持をリベラル紙からさえ得られていない時点で民主党の勝算は低いと言わざるを得ないだろう。

 

まずは8月半ばまでの間、民主党にどういった動きが見られるか注目していきたい。

ガザ衝突と「終わりなきパレスチナ問題」

2007年のガザ封鎖以来、 5回目となるハマスイスラエルの大規模な武力衝突が幕を開けてから、まもなく4ヶ月が過ぎようとしている。

 

2023年10月7日、 パレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するイスラム武装勢力ハマスは、敵対するイスラエルに対し、かつてない規模の奇襲攻撃を仕掛けた。

 

ハマスはこの日、イスラエル領内に向けて数千発のロケット弾を打ち込むと同時に、1000人規模の地上戦闘員を動員して近隣のユダヤ人住宅を急襲した。

 

世界に「パールハーバー」 的衝撃を与えたこの攻撃によるイスラエル側の死者は1200人を数え、約240人の住民がガザに拉致され、人質となった。

 

なお、イスラエルの人口は日本の1/10に満たない約900万人であり、1948年の建国から今日に至るまで、 イスラエルが最も犠牲者を出したのは独立戦争である第一次中東戦争であったが、この時の死者数は9ヶ月間で約6000人である。

 

そのイスラエルにおいて、たった一日の攻撃でこれほどの損害が出たことを考えれば、イスラエル社会が今回のハマスの奇襲にどれほどの衝撃を受けたのかは想像に難くない。


イスラエル軍ハマスが越境して侵入した際の非人道的な「 残虐行為」の映像を公開しており、またSNSでは多数の動画が出回っているが、子どもの目の前で平然と父親を殺害する戦闘員の姿や、銃殺した住民の遺体に何度も銃弾を打ち込む戦闘員の嬉々とした様子、あるいは乳幼児の複数の焼死体が道中に遺棄されていたりと、そこには惨憺たる武力紛争の「現実」が映し出されている。


ハマスによる衝撃的な奇襲、そして「蛮行」の数々はイスラエル国民の計り知れない憎悪を煽り、イスラエルは過去に例がないほどの大規模かつ圧倒的な総攻撃に打って出た。


イスラエル軍ガザ地区内で空爆や地上部隊による攻撃を続け、今日までにガザの死者数は2万7000人にのぼり、建物の半数以上が破壊され、人口222万人のうち170万人以上が域内避難民(IDP: Internally Displaced Persons)となっており、電気も水道も食料もない人道危機が発生している。
また、医療機関も多数破壊されており、社会的インフラは甚大な被害を受けている。

 

イスラエル軍は「ハマスの壊滅」を掲げてガザへの侵攻を続けているが、「一般市民の被害をできるだけ避ける」と明言はしつつも、イスラエルの攻撃によるガザ地区での死者の7割以上は女性と子どもである。


無論、非戦闘員や民用物に対する攻撃、過度の傷害・ 無用の苦痛を与える手段や方法を用いること、 軍事目標への攻撃によってもたらされる軍事的利益と巻き添え被害との不均衡などは、いずれも戦争法(武力紛争法・国際人道法) に反するものであるが(※)、これに関しては見境なく「 憎悪の応酬」が繰り広げられている状況にあると言えよう。


(※)ジュネーブ第一追加議定書第35条、第51条4項、 第51条5項(a)、第57条2項(a)(ⅲ)参照。

 

昨年11月24日に始まった戦闘休止はわずか7日間で終了し、12月1日には戦闘が再開されている。


そして現在、カタールやエジプトの仲介によって、ガザ地区での新たな停戦と人質の解放に向けた間接協議が進められている。


両者ともに妥協点を探りつつも、イスラエルハマスの憎悪と暴力の連鎖は止まることなく、 犠牲者は日増しに増えていく一方である。

 

そしてたとえ停戦が実現したとして、あるいはイスラエル軍ハマスを壊滅できたとして、その後、この地域はいったい誰が、どのようにして統治するのだろうか。
憎悪に燃えるパレスチナ人に対し、イスラエルはどのように向き合うのであろうか。

 

国際社会がパレスチナ問題を放置し続けてきた「ツケ」 はあまりにも大きい。


いまだ出口の見えないガザ衝突であるが、「終わりなきパレスチナ問題」の解決の糸口を見出すためには、たとえそれがアポリアであるように思われようとも、国際社会がこの問題と正面切って向き合わなければならないことは自明である。

G7広島サミット、ロシア、中国、ひでぶ

本日5月19日から21日にかけて、G7広島サミットが開催される。

被曝地である広島で開かれ、非核保有国である日本が議長国となる今回のサミットを迎えるにあたり、岸田文雄首相の「核なき世界」の実現に向けた意気込みには並々ならぬものがある。

ロシア・ウクライナ戦争が長期化するなか、核の使用を仄めかすプーチンロシアに対し「核兵器を使ってはならない」という強いメッセージを送るという意味で、G7の結束、そして議長国・日本がいかにリーダーシップを発揮できるかに注目したい。

 
ポスト・コロナの世界経済、エネルギー・食糧安全保障、グローバル・サウスが直面する諸課題、地球規模での気候変動・保健・開発など議題は絶えないが、最重要テーマはやはりロシア・ウクライナ戦争であろう。
 
岸田首相が強調する「法の支配に基づく国際秩序」とは、すなわち「現代の国際社会には守らなければならないルール・原則・規範がある」ということであり、ロシアのウクライナ侵略に見られるような力による一方的な現状変更は認められない、ということだ。
 
ロシアのプーチン大統領ウクライナの領土を侵略するどころか、歴とした国連加盟国であるウクライナの主権さえ認めていない。
これは「法の支配に基づく国際秩序」を真っ向から否定する行為に他ならない。
 
ではなぜ、「法の支配に基づく国際秩序」を守る必要があるのか。
それは国際社会がアナーキー無政府状態)だからである。
 
国際社会には世界政府もなければ、世界警察もない。
国内社会のように法を破っても逮捕されて刑罰を受けるわけではない。
国際社会は限りなく無法地帯に近い社会なのである。
 
ゆえに、責任ある国家が自発的に、協力しながら国際的なルール・原則・規範を守ろうとしなければ、待っているのは暴力が支配する弱肉強食の世界、いわば『北斗の拳』の世界である。
イギリスの哲学者トマス・ホッブズは、これを「自然状態」と定義し、この自然状態は「万人の万人に対する闘争」を引き起こすと主張した。
 
ロシアによる侵略行為、ましてや核兵器の使用を認めてしまえば、いずれ北斗の拳の世界(あれは世界核戦争後の世界ではあるが)が現出することになりかねない。
 
国際的なルール・原則・規範を守りつつ、各国が協力し合い、外交交渉を通じて各々の国益を追求していく平和裏な世界か、暴力が支配する群雄割拠の北斗の拳的世界か、はたしてどちらが最大多数の最大幸福につながるのであろうか。
 
法の支配に基づく国際秩序を守ることの重要性、そして「核兵器を使ってはならない」というメッセージは、一義的にはロシアに対して向けられるものではあるが、ロシア同様、力による現状変更を厭わない中国に対するメッセージとしても機能する、あるいは機能しなければならないものでもある。
 
日本が直面するであろう最大の危機は、台湾海峡危機である。
台湾有事になれば、たちまち日本は前線国家となり、わが国の領土、そして国民の生命は危機に瀕することとなる。
 
中国にいかに対するか。
中国に戦争をさせないために、いかなる戦略を策定し、実行するか。
第一に対中抑止であり、そして第二に抑止が機能しなかった場合、すなわち最悪の事態を想定し、それに備えることである。
 
台湾海峡危機が現実味を帯びるなか、今後の日本の安全保障のプライオリティは以前にも増して中国にあると言えよう。