【解説・所感】NNNドキュメント「防衛大学校の闇」②
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夏の定期訓練終了後、短い夏休みを挟んで中期(8月〜12月)が始まる。
中期に入れば心機一転、部屋員は総入れ替えとなり、1学年にとっては新しい部屋長をはじめ、これまで「敵」であった上級生が味方に変わる願ってもないチャンスの到来となる(※1)。
(※1)基本的に同部屋の上級生からシバかれることはないので、たとえば上級生の中でも特に「あの人はヤバイ」と恐れられている上級生や、すぐに報告書や反省文を書かせたがる面倒な上級生と同じ部屋になった1学年は、ある意味かなり得をすることになる。
学生舎生活では、同じフロアに住まう中隊(約100~120人)単位が基本となる(※2)。
(※2)防大生の編成単位は 学生隊>大隊>中隊>小隊 である。
たとえば、同部屋になる同期・上級生・下級生は皆同じ中隊に所属する学生であり、点呼(※3)や清掃、容儀点検(※4)、ミーティング(※5)、あるいは廊下ですれ違った際にシバかれるのは、基本的には同じ中隊の上級生からということになる。
(※3)人員現況を確認するための厳正な日課のひとつ。起床直後、大隊毎に学生舎前(室外)に集合して行われる日朝点呼と、夕食および夕清掃後に中隊ホール(室内)で行われる日夕点呼の計2回実施される。
(※4)4学年が点検者となる服装点検であるが、たとえどんなアイロンがけのプロであろうが、靴磨きのプロであろうが必ず落とされるというあまりにも理不尽な点検である。そのために毎日何時間も上級生の目を盗んではアイロン(これを防大ではプレスという)をかけるが、結局のところ落とされる。わずか1ミリのシワでも許されず、真の完璧さが要求される(人間の能力では到底不可能である)。また、上級生がまだ眠っている明け方にプレスをする「オハプレ」という高等技術も存在する。当然、オハプレをしているところは絶対に見つかってはならない。そんな日々の努力も報われず、点検のたびに「プレス、および着こなし、および靴の磨き不備!」などと大声で復唱させられるのである。
(※5)入校式や卒業式などとは比べ物にならないほどの防大生活最大のイベントであり、そこはまさに「屠殺場」の様相を呈する。ある部屋に中隊の1学年が全員集合・整列させられ、その部屋には殺意をたぎらせた上級生が待機している。このミーティングでは普段とは比較にならないほどの大声で怒鳴り散らされ、少しでも着こなしが甘かったり、姿勢が崩れたりしようものなら即「ロックオン」となり、胸ぐらを掴まれ、あるいは後ろから襟を掴まれて列から引きずり出される。特に最後列の1学年は、上級生が真後ろにいることもあり恰好の餌食となる。個人的には、「3-1ミーティング」(3学年主催の1学年に対するミーティング)での地獄絵図だけは一生忘れない。
さて、Nさんは中期に入り、同じボクシング部の主将を務める3学年と同部屋になった。
前回の記事にも書いたが、同じ校友会(部活)の上級生は味方になって守ってくれる貴重な存在である。
そもそも、同じ中隊に校友会の上級生がいるというのはそれだけでラッキーなことである。なぜならそれは、厄介な「敵」が1人減ることを意味するからだ。
しかしNさんは、校友会の先輩でもある同部屋の3学年から暴行を受けることとなる。
ある日、この3学年が早朝の点呼に寝坊した。
ラッパ音で飛び起きると、シーツと毛布を決められた形にきれいに折りたたんでベッドの上端に積み重ね、作業服に着替えて(乾布摩擦をするため上半身は裸)5分以内に屋外に整列完了することが求められる。
日朝点呼は各大隊毎に学生舎前で行われるため、大隊(1個中隊120人×4=約480人)の学生全員が揃うまで終わらない。
つまりもし1人でも寝坊するようなことがあれば、同じ大隊に所属する400名以上の学生が上裸で乾布摩擦をしながら、その1人を待ち続けることになる。真冬に下級生が寝坊でもした日には、それこそ殺意が芽生えてもおかしくはない。
仮に下級生が寝坊した場合、「神」である4学年を待たせることになるわけである。
そのような事態が起きないよう、1学年は部屋を出る前に必ず、同部屋の上級生(特に3学年)が起床しているかどうかを確認しなければならない。
中期からは各部屋1学年2~3人ずつが基本編成となるので、おそらくNさんともう一人か二人の1学年は自分たちが急いで集合することに気を取られるあまり、この確認作業を怠ったのであろう。
その結果、点呼に寝坊した3学年はなぜ起こさなかったのかとNさんに詰め寄り、顔を殴った。Nさんの口は切れ、唇は腫れ上がった。
さらにその後、この3学年はNさんの陰部を掃除機で吸引するという暴行を複数回にわたり繰り返したという。
このエピソードを聞いて、多くの人はこう思うだろう。
「寝坊したのは完全に自己責任であり、それを下級生のせいにして暴力を振るうなんて最低だ。いくらなんでも理不尽すぎる。ましてや陰部を掃除機で吸うなんて悪ふざけが許されるわけがない。被害者のNさんがかわいそうだ」
全くもって正論である。
このような感想を抱いた方は、社会一般的に正常な感覚をお持ちの人と言えるだろう。
私も同じように思う。
しかしその一方で、こうも思う。
「その部屋の1学年達やらかしたなー。ましてや同じボクシング部の上級生を起こさないのはさすがにないわ。中期にもなってキャパ低すぎだろ」
Nさんを殴ったことに関しては絶対的に間違っている。
いくらボクシング部の主将でも、校友会以外の時間にリングの外で人を殴るのはルール違反だ。
それは大前提であるが、それでもNさんが殴られたのもわからなくはない。
Nさんが殴られたのは、おそらくこの一件だけが原因ではないはずである。
たしかにこの出来事が暴力の引き金となった直接的な原因なのかもしれないが、殴った3学年にしてみれば、同じ校友会の後輩でもある分、他の上級生以上にそれまでの積もりに積もった様々な思いがあったのであろう。
このエピソードを聞いただけでも、ある程度は察しがつく。
それに関しては私以外の、他の防大OBの多くが同調するはずである。
防大生活を4年間送った者であれば感覚的にわかるのだ。
もちろん、だからと言ってこの3学年を擁護するわけではないし、どんなに忌憚に触れる下級生であっても、手を出したら負けである。
暴力指導はあってはならない。
それよりも掃除機で下級生の陰部を吸うな!汚いだろ!
その掃除機は国民の血税で購入されたものだぞ変態3学年め!
(つづく)
【解説・所感】NNNドキュメント「防衛大学校の闇」①
先日放送されたNNNドキュメント「防衛大学校の闇」を観て、OBの視点から見た簡単な解説に加え、少し気になった点を書いておきます。
来週の日曜に再放送があるということと、youtubeとDailymotionには即日上げられていたので参考までに。
なお、本稿はすべて私の個人的見解であり、防衛省・自衛隊ならびに防衛大学校とは一切関係ありません。
また、ご質問等があればメールにてお願いします。
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さて、原告のNさんは入校してまもなく、同部屋の1学年とともに部屋長(4学年)から全裸の写真を撮らされたり、裸で腕立て伏せをさせられたり、外出先で知らない人との写真を100枚撮って来いと命じられたり(これを防大用語で「指令外出」という)、「粗相ポイント」が20を超えたら風俗店に行って性行為中の写真を撮ってくるよう命じられたりしたという。
そして部屋長に逆らうことはできず、他の同期は指令にすべて従ったが、Nさんだけは風俗の件に関して頑なに拒否をした。その結果、陰毛にアルコールを噴射され、火をつけられた挙句カミソリで剃毛され流血したとのことである。
このエピソードについて第一に言えることは、Nさん他その部屋の1学年は、残念ながら運が悪かった。
入校したての1学年に対する「私的な非行」を楽しむような前期(4月~7月)の部屋長は、中隊(約100〜120人)どころか大隊(4個中隊で1個大隊)に1人いるかいないかレベルの「終わっている4学年」である。
基本的に1学年にとっては、同部屋の上級生と上対番(※)、そして同じ校友会の上級生以外の上級生は全員敵である。つまり学生舎においては、常に周りは敵だらけという環境で生き抜くことが防大生活の与件となる。
(※)防大着校日から専属の世話係として、何から何まで面倒を見てくれる兄貴分の2学年(場合によっては3学年)のこと。面倒を見る側の対番学生を上対番、見られる側の1学年を下対番という。下対番の人間性によっぽど問題がない限り、上対番は1学年時のみならず、上対番が卒業するまでの間ずっと目を掛け続けてくれる(はずである)。
周りを敵に囲まれた防大1学年は例外なく、自室から一歩廊下に足を踏み出せば、すれ違う敵(上級生)に次から次へと「指導」を受ける(防大では「シバかれる」という表現が使われる)。それも、これでもかという程に鬼の形相をした威圧的な敵にシバかれるのだ。
指導の内容としては、制服・作業服の着こなし方がおかしい、プレス(アイロン掛け)が甘い、チャック(ファスナー)が一番上まで上がっていない、帽子が曲がっている、名札が曲がっている、ハンカチ・ティッシュ・メモ帳を常備していない、ポケットのボタンが空いている、靴の磨きが不十分である、襟章が光るまで磨かれていない、敬礼のタイミングがおかしい、敬礼時の挙手の角度が正しくない、挨拶の声が小さい、廊下をちんたら走ってんじゃねえよてめぇ!、目が合ったのになんで敬礼しねえんだよ?あ?舐めてんのか?等々、上級生にしてみれば1学年をシバくためのネタは無限にある。
そして指導の終わりに付いてくるオマケ的な殺し文句が
「あとで俺の部屋に来い」
いわゆる「呼び出し」である。
呼び出しに応じ部屋に出向けば、その時、その部屋に居合わせた全上級生が総がかりでシバきにかかることになる。世にも恐ろしいALL-OUT ATTACKが繰り広げられるのだ。
入室要領(自室以外の部屋に入る時のルーティン動作)は格好のシバきネタであり、始めのうちは正確にできるわけもなく、「やり直せ!」のループに陥り、いつまでも部屋の中に上がることが許されない。
部屋に上がれなければ、元々の呼び出しが消化されない。
入室要領を繰り返すうちに新たな呼び出し案件が追加で発生するなどは日常茶飯事だ。
そして自室に帰るまでの間に、廊下で遭遇した上級生にシバかれ、また呼び出しを食らう。まさに踏んだり蹴ったりである。
そのような日常であるからこそ、親身になって自分を守ってくれる同部屋の上級生、とりわけ部屋長というのは、1学年にとって極めて重要な存在なのである。
特に入校して最初に配属される部屋の4学年というのは、部屋っ子の1学年に積極的に話しかけてメンタル面でのフォローをしたり、落ち込んでいれば励まし元気づけたり、防大で生き抜くために必要なアドバイスをしたり、また休日には外に連れ出してご飯をご馳走したりと、かなり面倒見が良い場合が普通である。
それが前期の4学年に与えられた役割の一つであるし、何より自分自身が入校当時、前期部屋長の姿を見て「こんな4学年になりたい」と思わされた記憶が、皆少なからずあるからである。めざすべき防大生の姿を模範となって1学年に見せることが、前期の4学年には求められるのだ。
しかしNさんが当たった部屋長はそれを理解していなかった。
それだけでなく、やっていいこととやってはいけないことの分別がつかない部屋長であった。
より正確に言えば、それをやっていい相手かどうか、やっても問題のない時期にあるのかどうかを判別する能力が欠けていた。
その行為を「いじめ」と捉える相手に対してやってしまえば、それが「いじめ」になってしまうのは当然であるということがわからない4学年であった。
だが、そのような部屋長の部屋っ子になってしまったNさんにとって、それはどうにもならないことである。
先輩や上司・上官は選べない。
それは防大をはじめ軍事組織に限った話ではなく、中学生も高校生も、あるいは民間のサラリーマンも、自衛隊以外の公務員も、組織に属する人間は皆同じである。
では何が正解であったのか。
Nさんはどうすれば良かったのであろうか。
繰り返しになるがもちろん、部屋長によるNさんら1学年に対する一連の行為は明らかに間違っている。
自分が楽しむために立場が弱い者に対して何かを強要するというジャイアニズムは、個人的にも好きではないが、防大生であればせめて4学年に上がる前までには自重しておくべきである。
また何よりも、このような事案は「あってはならないこと」であるし、自衛隊の指揮官になろうという防大生にとって最も「してはならないこと」の一つである。
しかし、それは実際にあった。
実際に起きた。
「粗相ポイントが20を超えたら、風俗店に行って性行為中の写真を撮って来い」とNさんは部屋長に命じられた。
おかしな話だ。理不尽極まりない。
ではその時、Nさんと同じ状況にあった同部屋の同期たちはどのような行動をとったであろうか。
防大の学生舎という閉鎖空間において、4学年である部屋長は「神」の立ち位置にある。
一方、Nさんら1学年は「ゴミくず以下」の存在だ。
番組内でもOBの一人がそのような類の証言をしているシーンがあったが、言葉通りの意味にとって問題ない。
また、「ゴミくず以下」の1学年に与えられたオプションはYES(「はい」)かNO(「いいえ」)の2択である。
以上を踏まえ、もう一度問いたい。
Nさんの同部屋の同期は、そのような状況下でどのような行動をとっただろうか。
そしてなぜ彼らはその選択をしたのであろうか。
その選択は本意に基づくものであったのだろうか。
ここで言いたいのは、Nさんも皆に合わせて同じ行動をとるべきであったとか、そういったチープな話ではない。
もっと本質的な話である。
なぜ防大の学生舎では「理不尽」がまかり通っているのだろうか。
組織全体で「理不尽」な環境を敢えて作り出しているようにさえ思えるのはなぜか。
そういった視点で見れば、「防衛大学校の闇」にも、また違った意味を見出せるはずである。
(つづく)
NNNドキュメント「防衛大学校の闇」
「幹部自衛官となるべき者を教育訓練する防衛省施設等機関」という性質上、特に1学年の間は「恐怖」と「理不尽」への耐性を身につけるための環境が人工的・意図的につくられています。
それが原因かどうかはわかりませんが、たしかに負の部分は枚挙にいとまがない学校ではあります。
何度も言いますが、よほどの覚悟がない限り耐えられる環境ではないです。
でもだからこそ、他では手に入らない何かが手に入るというか、闇の深さの分だけ潜在的な光も強いものだと思っています。
もちろん今回のような明らかに間違った「闇」はどんどん浄化されていくべきです。
「マイナスかけあわして プラスにしてしまえ」
あの稲葉さんもこう言っているので、何はともあれJust go on.
国際関係、国際情勢を学ぼう
国際関係や国際情勢に興味はあるけど、知識の土台がまったくない。
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宮嶋茂樹 写真展「THE CADETS 防衛大学校の日々」
先日、銀座のキャノンギャラリーで開催されている宮嶋茂樹 写真展「THE CADETS 防衛大学校の日々」に行ってきました。
昨年10月末に発売された宮嶋さんの写真集『鳩と桜 防衛大学校の日々 National Defense Academy of Japan』からのカットがパネルで展示されていて、防大着校から卒業までの4年間の防大生活の流れが一通りわかるように順番に並べられています。
何より着校、入校当初の1学年と卒業間際の4学年では同じ学校の学生とは思えないほど目つき・顔つきが全く違うことに驚きました。
そして防大という「異様な空間」で、他所では決して体験することのない「異様な体験」をした、その一瞬にしか出ないであろう表情が抜き取られた写真の数々はとても感慨深いものでした。振り返れば、防大で過ごしていた日常はどこまでも「非日常」であり、瞬間瞬間が本当に特別なものだったと思います。当時は毎日が地獄でしたが。
なお、うちの鬼嫁はパネルに写る女子学生たちを見て「この人たち強そうね。かっこいいわ」とコメントしていましたが、「あなたの方が防大女子の300倍は強いんですけど…」などというわたくしの心の声は口が裂けても言えないのでした。
※開催期間は以下の通りです。お時間のある方はぜひ足を伸ばしてみてください。
銀座: 2019年4月 4日(木)~4月10日(水)
大阪: 2019年4月25日(木)~5月15日(水)
HP: https://cweb.canon.jp/gallery/archive/miyajima-thecadets/index.html
ここ、試験に出ます
前回の記事の終わりの方に、今日では「宇宙・サイバー空間などが安全保障の最前線となりつつある」という旨記したが、政府ならびに防衛省・自衛隊は、宇宙・サイバーに電磁波を加えた三つの領域で「(我が国の)優位性を獲得することが死活的に重要」であり、「陸・海・空という従来の区分に依拠した発想から完全に脱却し、全ての領域を横携させた新たな防衛力の構築に向け、従来とは抜本的に異なる速度で変革を図っていく必要がある」との認識を示している(※)。
陸・海・空・宇宙・サイバー・電磁波の「全ての領域における能力を有機的に融合し、平時から有事までのあらゆる段階における柔軟かつ戦略的な活動の常時継続的な実施を可能とする、真に実効的な防衛力」を構築していくこと、すなわち「多次元統合防衛力」の構築を進めていくことが、この先10年を見据えた日本の防衛戦略の骨子である。
ちなみに日本がこれまでに構築をめざしてきた防衛力は「基盤的防衛力」→「動的防衛力」→「統合機動防衛力」→「多次元統合防衛力」と変化してきた。
余談であるが、学生時代、防衛学の基幹科目の一つである国防論の試験にこれが出題されたのを覚えている。当時はまだ動的防衛力までだったので難なく書けたが、今の学生はちょっと大変そうである。
お金の話⑥――やっぱり足りない
はじめに結論から述べると、日本を取り巻く安全保障環境を踏まえれば、防衛費5.2兆円はまだまだ少ないと考えられる。
防衛費(軍事費)=防衛力(軍事力)とは一概には言えないが、国家間の実力を比較する上で国家予算のどの程度を軍事に割いているかは一定の指標になり得るものであり、各国政府関係者や安全保障の実務に携わる人間は少なからず注視している。
さて、下の表1は日本の周辺国の軍事費ならびにその対GDP比と、最新のGFP軍事力ランキングをまとめたものである(※)。
表1
軍事費(億ドル) | 対GDP比(%) | 軍事力ランク | |
米国 | 6,097 | 3.1 | 1 |
ロシア | 663 | 4.3 | 2 |
中国 | 2,282 | 1.9 | 3 |
日本 | 454 | 0.9 | 6 |
韓国 | 392 | 2.6 | 7 |
北朝鮮 | 75 | 24 | 18 |
台湾 | 105 | 1.6 | 22 |
(※)SIPRI Military Expenditure Database
(※)INF World Economic and Financial Surveys
(※)GFP 2019 Military Strength Ranking
ここで注目して頂きたいのは日本にとって脅威となり得る国家の軍事費である。
安全保障上の脅威を最もシンプルに表すと、国益追求のためには他国に攻撃を仕掛けることも辞さないという「意思」と、それを実行することのできる「能力」を掛け合わせたものとなる。すなわち、
脅威=意思×能力
と表せる。そして日本にとっての脅威を考えてみると、人それぞれに認識は異なるであろうが概ね下の表2のようになるであろう。
表2
意思 | 能力 | |
米国 | ☓ | 〇 |
ロシア | △ | 〇 |
中国 | 〇 | 〇 |
韓国 | △ | △ |
北朝鮮 | △ | △ |
台湾 | ☓ | ☓ |
日本の周辺国の中で現状変更志向の国は中国・ロシア・北朝鮮であり、とりわけ習近平政権の中国は「偉大な中華民族の復興」を掲げ、国連中心の他国間主義ないしアメリカ主導の国際政治経済から、中国を世界の中心とする国際社会へ変革することを本気でめざしている。そのための手段として武力を行使することに躊躇はない。
しかしその一方で共産党至上主義の中国は、民衆の党への支持が揺らぎかねない政策、すなわち「勝ち目のない戦争」は絶対にしない。つまり現時点では実力的に格上であるアメリカと戦争になることだけは何としてでも避けようとする。そこで日本としては「日米対中国」の構図を維持すること、すなわち日米同盟の堅持・深化を追求していくことこそが、日本が戦争のない平和国家であり続けるための最も合理的な戦略となる。
日本とアメリカは日米安全保障条約に基づく同盟関係にあり、日米安保条約第5条では日米両国が「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃」に対し、「共通の危険に対処するよう行動する」ことが明記されている。アメリカの対日防衛義務である。
とはいえ、「アメリカには日本を守る義務があるから大丈夫だ!」と楽観することもできない。いざ日本が外敵から攻撃を受けたとき、アメリカが本当に日本を守ってくれるかどうかはその時になってみなければ誰にもわからないからである。中国が「どうせアメリカは日本を助けるための介入はしてこないはずだ」と考えれば、途端に「日米対中国」の構図が崩れてしまう。同盟にはこのような「見捨てられ」の不安が常に付いて回るのである。では日本はどうすべきか。
第一に、アメリカを頼りにしすぎることなく、「自分の国は自分で守る」という気概をはっきりと示すことである。そしていざという時の物心両面の準備を怠らないことだ。そうすることで「日本に攻撃を仕掛けたとても目的を達成できるかどうかわからない」と相手に思わせることができ、攻撃を回避することができるかもしれない(拒否的抑止)し、「日本を攻撃したらとんでもない反撃を食らうことになる」と思わせることが相手の攻撃意図をくじくかもしれない(懲罰的抑止)。何よりも、いくら同盟関係にあるからといって自力で自国を守ろうとしない日本をアメリカが本気で助けようという気になるはずがない。
まずは自助努力。その上で日米同盟を維持し、より深く機能的な関係を構築していくことで第三国から「日本に手出ししたらアメリカが出てくるからやめておこう」と思われることが理想である。
以上、ここまで述べてきたことを実行に移せば、5.2兆円程度の防衛費ではまず足りないはずである。たしかに7年連続の増額ではあるものの、アメリカが日本に買わせたい兵器を割高な値段で買った結果の増額ではなく、自衛のために必要な防衛力の強化整備を重ねた結果として防衛費が膨らむのでなければ意味がない。
特に宇宙・サイバー空間などが安全保障の最前線となりつつある今日、これらの分野への更なる投資が必要になってくる。対GDP比2%を目標にするのではなくとも、結果的に2%、10兆円程度になっても決しておかしくはない。
中国の軍事費は過去10年間で2.7倍、過去30年間で51倍に増加している。さらに予算の内訳が不透明であり、公表国防費は軍事関連予算の一部にすぎないとの指摘もある。加えてロシアまでも意識せざるを得ない日本が東アジアのパワーバランスを考えるとき、暗黙の「1%枠」からの脱却は避けられないのではないだろうか。