ロシア・ウクライナ戦争から何を学ぶか

ロシアがウクライナに対して軍事侵攻を開始してから2カ月が経過した。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、戦争終結のために自国領土をロシアに譲り渡す気はないと徹底抗戦の構えを見せており、一方でプーチン大統領が侵略の失敗を認めて撤退するとは考え難い以上、両国の攻防戦には終わりが見えない。
 
無論、他国の主権と領土を脅かし、人々の生命を無残に奪うロシアの一方的な力による現状変更、侵略戦争は決して許してはならないものである。
 
 
20世紀の二つの世界大戦は、力の行使のコストの大きさと、それがもたらす苛烈さを明らかにし、その結果として国連体制の下、各国による力の行使に制限を加えることで、世界は平和と安定を希求してきた。
 
加盟国の行動原則を示す国連憲章第2条は、国際紛争は平和的手段によって解決しなければならず、武力による威嚇および武力の行使も許されないと定めているが、ロシアの行動は明らかにこれを踏みにじり、国際秩序の根幹を揺るがしかねないものである
 
また、ロシアは開戦法規(jus ad bellum)のみならず、民間人を無差別に攻撃するなど交戦法規(jus in bello)をも無視する行動をとっている(※1)
 
(※1)国際法では、文民と民用物に対する攻撃は禁止されている(軍事目標主義。ただし、軍事目標に対する攻撃に伴って生じる巻き添え損害に関しては、過度でなければ合法とされる)。また、敵国戦闘員に対して「過度の傷害や無用の苦痛」を与えてはならない(ハーグ陸戦条約、特定通常兵器使用禁止制限条約など)とされるが、たびたびメディアで取り上げられるクラスター弾の使用については、その禁止条約にロシアは批准していない。
 
さらには子供を含む多くの市民を虐殺し、民家に押し入って略奪行為を働くなど、ロシア軍将兵は残虐な戦争犯罪を繰り返しているとされる。
 
国連安保理常任理事国であるロシアが、国際法に真っ向から反する姿勢を見せている以上、国連加盟国はロシアを徹底的に糾弾し続け、史上類を見ない規模の強力かつ包括的な経済制裁で追い込み、今後のロシアの出方次第、とりわけ懸念される化学・生物・核兵器の使用が認められるような場合には「必要なあらゆる措置(to use all necessary means)」を講じてプーチン大統領の意志を挫かなければならない。
 
無論、エスカレーション・コントロールに失敗し、世界大戦に発展することを望む者は、ほんの一部の人間を除いて全世界でもそうはいないはずである。
 
しかし、何が何でも大戦を回避しようとするあまり、武力による制裁というオプションを完全に排除してしまえば、ロシアに付け入る隙を与えるだけでなく、結果的により多くのウクライナの人々の命を犠牲にしかねない。
 
ロシアの侵略行為に宥和的な態度をとってしまえば、あるいはこの侵略戦争からロシアに何らかの成果を得させてしまえば、それは戦後築き上げられてきた国際秩序や国際規範を否定することと同義であり、同時に多くの国にとって自国の戦後外交の歩みを自己否定することになる。
そういった意味においても、国際的なプーチン包囲網の更なる強化は必至であろう。
 
 
日本はどうか。
 
岸田首相は、ロシアがウクライナ侵攻を開始した2月24日、ロシアの行為は「国際秩序の根幹を揺るがすもの」であると非難し、その後は各国と歩調を合わせるようにして矢継ぎ早にロシアへの経済制裁を打ち出している。
 
また、4月11日の自民党役員会では、紛争のエスカレーションや長期化によって「原油や食料の価格高騰で国民生活に痛みが増すこともありうる」と指摘した上で、「世界が秩序か混乱かという一大岐路にたっていることを国民に丁寧に説明し、協力をお願いしていく」と述べ、今後も全面的にウクライナを支援していく考えを表明している。
 
国際的な連携の下、自国にとっての不利益をも覚悟の上でウクライナを支援し、ロシアに対する圧力を強化していくことは、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を提唱し、ルールに基づく国際秩序の構築と地域の安定・繁栄を牽引していく立場にある日本にとって、むしろ国益に適う合理的な選択であると言えよう。
 
 
さて、今回の侵略戦争から現時点で日本が学ぶべきことは何か。
ここでは三点だけ触れておきたい。
 
第一に、自分の国は自分で守らなければならない、という厳然たる事実である。
 
「日本には日米同盟があるから、何かあればアメリカが助けてくれる」と言う人は少なくない。
 
はたして本当にそうだろうか。
 
日本に小規模な侵略があった時、たとえば尖閣諸島をめぐり日中で「軍事接触があった場合に米軍が介入して助けてくれるかどうかは、実際のところその時になってみなければわからない。
 
ウクライナのように、自国を守るために必死に抗戦してはじめて他国が援助してくれるのであり、それは日米同盟のある日本も同じである。
 
第二に、通常戦力による抑止、いわゆる懲罰的抑止力を整備していくことの重要性である。
 
懲罰的抑止とは、簡単に言えば相手の攻撃そのものに対する防御・反撃の威嚇によって、攻撃が成功しないと思わせることで攻撃を思いとどまらせる形の抑止を指す(※2)
 
(※2 )より正確には、「敵の領土拡大を否定する能力による抑止」である。(Glenn H. Snyder, Deterrence and Defense: Toward a Theory of National Security
 
一度でも領土への侵入を許してしまえば、敵を撤退させることは非常に困難であり、そのために掛かるコストは侵攻を抑止するために要するコストに比べ圧倒的に割高であろう。
 
中国・ロシア・北朝鮮と、安全保障上の脅威が現実的に差し迫る日本において、通常戦力の増強による抑止力の向上は、これまで以上に重要性が増していくように思われる。
 
第三に、国際法は守るに越したことがないということ、いわゆる「reputation cost」の問題である。
 
今回のウクライナ侵攻によって、ロシアの国際的地位・信用は地に落ちたも同然である。
2008年のジョージア侵攻と南オセチア独立、2014年のクリミア併合および東ウクライナ紛争のいずれにおいても国際社会の反発はそれほど強くなかったこともあり、プーチンもここまで「世界の敵」になってしまうとは思っていなかったかもしれない。
 
とは言え、ロシアは1994年のブタペスト覚書、1997年のロシア・ウクライナ平和友好条約という二つの二国間合意を反故にし、ウクライナの主権・領土・国民の生命を蹂躙すると同時に、多国間の国際的な規範を無視し、現代において最も守られるべき国連憲章第2条に反したわけであるから、それ相応の憂き目を見ることになるはずである。
 
そして何より、一度失った信用を取り戻すことの難しさを考えれば、やはり国際的な規範は遵守すべきだ。
 
 
混迷を極めるウクライナ情勢であるが、ウクライナが祖国防衛戦争に一日でも早く勝利することを願うとともに、デッドロックに陥ったプーチン大量破壊兵器を使用し、第三次世界大戦へ…という最悪のシナリオが現実のものとならないことを切に願う。