はじめに結論から述べると、日本を取り巻く安全保障環境を踏まえれば、防衛費5.2兆円はまだまだ少ないと考えられる。
防衛費(軍事費)=防衛力(軍事力)とは一概には言えないが、国家間の実力を比較する上で国家予算のどの程度を軍事に割いているかは一定の指標になり得るものであり、各国政府関係者や安全保障の実務に携わる人間は少なからず注視している。
さて、下の表1は日本の周辺国の軍事費ならびにその対GDP比と、最新のGFP軍事力ランキングをまとめたものである(※)。
表1
軍事費(億ドル) | 対GDP比(%) | 軍事力ランク | |
米国 | 6,097 | 3.1 | 1 |
ロシア | 663 | 4.3 | 2 |
中国 | 2,282 | 1.9 | 3 |
日本 | 454 | 0.9 | 6 |
韓国 | 392 | 2.6 | 7 |
北朝鮮 | 75 | 24 | 18 |
台湾 | 105 | 1.6 | 22 |
(※)SIPRI Military Expenditure Database
(※)INF World Economic and Financial Surveys
(※)GFP 2019 Military Strength Ranking
ここで注目して頂きたいのは日本にとって脅威となり得る国家の軍事費である。
安全保障上の脅威を最もシンプルに表すと、国益追求のためには他国に攻撃を仕掛けることも辞さないという「意思」と、それを実行することのできる「能力」を掛け合わせたものとなる。すなわち、
脅威=意思×能力
と表せる。そして日本にとっての脅威を考えてみると、人それぞれに認識は異なるであろうが概ね下の表2のようになるであろう。
表2
意思 | 能力 | |
米国 | ☓ | 〇 |
ロシア | △ | 〇 |
中国 | 〇 | 〇 |
韓国 | △ | △ |
北朝鮮 | △ | △ |
台湾 | ☓ | ☓ |
日本の周辺国の中で現状変更志向の国は中国・ロシア・北朝鮮であり、とりわけ習近平政権の中国は「偉大な中華民族の復興」を掲げ、国連中心の他国間主義ないしアメリカ主導の国際政治経済から、中国を世界の中心とする国際社会へ変革することを本気でめざしている。そのための手段として武力を行使することに躊躇はない。
しかしその一方で共産党至上主義の中国は、民衆の党への支持が揺らぎかねない政策、すなわち「勝ち目のない戦争」は絶対にしない。つまり現時点では実力的に格上であるアメリカと戦争になることだけは何としてでも避けようとする。そこで日本としては「日米対中国」の構図を維持すること、すなわち日米同盟の堅持・深化を追求していくことこそが、日本が戦争のない平和国家であり続けるための最も合理的な戦略となる。
日本とアメリカは日米安全保障条約に基づく同盟関係にあり、日米安保条約第5条では日米両国が「日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃」に対し、「共通の危険に対処するよう行動する」ことが明記されている。アメリカの対日防衛義務である。
とはいえ、「アメリカには日本を守る義務があるから大丈夫だ!」と楽観することもできない。いざ日本が外敵から攻撃を受けたとき、アメリカが本当に日本を守ってくれるかどうかはその時になってみなければ誰にもわからないからである。中国が「どうせアメリカは日本を助けるための介入はしてこないはずだ」と考えれば、途端に「日米対中国」の構図が崩れてしまう。同盟にはこのような「見捨てられ」の不安が常に付いて回るのである。では日本はどうすべきか。
第一に、アメリカを頼りにしすぎることなく、「自分の国は自分で守る」という気概をはっきりと示すことである。そしていざという時の物心両面の準備を怠らないことだ。そうすることで「日本に攻撃を仕掛けたとても目的を達成できるかどうかわからない」と相手に思わせることができ、攻撃を回避することができるかもしれない(拒否的抑止)し、「日本を攻撃したらとんでもない反撃を食らうことになる」と思わせることが相手の攻撃意図をくじくかもしれない(懲罰的抑止)。何よりも、いくら同盟関係にあるからといって自力で自国を守ろうとしない日本をアメリカが本気で助けようという気になるはずがない。
まずは自助努力。その上で日米同盟を維持し、より深く機能的な関係を構築していくことで第三国から「日本に手出ししたらアメリカが出てくるからやめておこう」と思われることが理想である。
以上、ここまで述べてきたことを実行に移せば、5.2兆円程度の防衛費ではまず足りないはずである。たしかに7年連続の増額ではあるものの、アメリカが日本に買わせたい兵器を割高な値段で買った結果の増額ではなく、自衛のために必要な防衛力の強化整備を重ねた結果として防衛費が膨らむのでなければ意味がない。
特に宇宙・サイバー空間などが安全保障の最前線となりつつある今日、これらの分野への更なる投資が必要になってくる。対GDP比2%を目標にするのではなくとも、結果的に2%、10兆円程度になっても決しておかしくはない。
中国の軍事費は過去10年間で2.7倍、過去30年間で51倍に増加している。さらに予算の内訳が不透明であり、公表国防費は軍事関連予算の一部にすぎないとの指摘もある。加えてロシアまでも意識せざるを得ない日本が東アジアのパワーバランスを考えるとき、暗黙の「1%枠」からの脱却は避けられないのではないだろうか。