【解説・所感】NNNドキュメント「防衛大学校の闇」①

先日放送されたNNNドキュメント防衛大学校の闇」を観て、OBの視点から見た簡単な解説に加え、少し気になった点を書いておきます。

来週の日曜に再放送があるということと、youtubeとDailymotionには即日上げられていたので参考までに。

なお、本稿はすべて私の個人的見解であり、防衛省自衛隊ならびに防衛大学校とは一切関係ありません。

また、ご質問等があればメールにてお願いします。

 

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さて、原告のNさんは入校してまもなく、同部屋の1学年とともに部屋長(4学年)から全裸の写真を撮らされたり、裸で腕立て伏せをさせられたり、外出先で知らない人との写真を100枚撮って来いと命じられたり(これを防大用語で「指令外出」という)、「粗相ポイント」が20を超えたら風俗店に行って性行為中の写真を撮ってくるよう命じられたりしたという。

 

そして部屋長に逆らうことはできず、他の同期は指令にすべて従ったが、Nさんだけは風俗の件に関して頑なに拒否をした。その結果、陰毛にアルコールを噴射され、火をつけられた挙句カミソリで剃毛され流血したとのことである。

 

このエピソードについて第一に言えることは、Nさん他その部屋の1学年は、残念ながら運が悪かった。

入校したての1学年に対する「私的な非行」を楽しむような前期(4月~7月)の部屋長は、中隊(約100〜120人)どころか大隊(4個中隊で1個大隊)に1人いるかいないかレベルの「終わっている4学年」である。

 

基本的に1学年にとっては、同部屋の上級生と上対番(※)、そして同じ校友会の上級生以外の上級生は全員敵である。つまり学生舎においては、常に周りは敵だらけという環境で生き抜くことが防大生活の与件となる。

 

(※)防大着校日から専属の世話係として、何から何まで面倒を見てくれる兄貴分の2学年(場合によっては3学年)のこと。面倒を見る側の対番学生を上対番、見られる側の1学年を下対番という。下対番の人間性によっぽど問題がない限り、上対番は1学年時のみならず、上対番が卒業するまでの間ずっと目を掛け続けてくれる(はずである)。

 

周りを敵に囲まれた防大1学年は例外なく、自室から一歩廊下に足を踏み出せば、すれ違う敵(上級生)に次から次へと「指導」を受ける防大では「シバかれる」という表現が使われる)。それも、これでもかという程に鬼の形相をした威圧的な敵にシバかれるのだ。

 

指導の内容としては、制服・作業服の着こなし方がおかしい、プレス(アイロン掛け)が甘い、チャック(ファスナー)が一番上まで上がっていない、帽子が曲がっている、名札が曲がっている、ハンカチ・ティッシュ・メモ帳を常備していない、ポケットのボタンが空いている、靴の磨きが不十分である、襟章が光るまで磨かれていない、敬礼のタイミングがおかしい、敬礼時の挙手の角度が正しくない、挨拶の声が小さい、廊下をちんたら走ってんじゃねえよてめぇ!目が合ったのになんで敬礼しねえんだよ?あ?舐めてんのか?等々、上級生にしてみれば1学年をシバくためのネタは無限にある。

 

そして指導の終わりに付いてくるオマケ的な殺し文句が

 

「あとで俺の部屋に来い」

 

いわゆる「呼び出し」である。

呼び出しに応じ部屋に出向けば、その時、その部屋に居合わせた全上級生が総がかりでシバきにかかることになる。世にも恐ろしいALL-OUT ATTACKが繰り広げられるのだ。

 

入室要領(自室以外の部屋に入る時のルーティン動作)は格好のシバきネタであり、始めのうちは正確にできるわけもなく、「やり直せ!」のループに陥り、いつまでも部屋の中に上がることが許されない。

部屋に上がれなければ、元々の呼び出しが消化されない。

入室要領を繰り返すうちに新たな呼び出し案件が追加で発生するなどは日常茶飯事だ。

そして自室に帰るまでの間に、廊下で遭遇した上級生にシバかれ、また呼び出しを食らう。まさに踏んだり蹴ったりである。

  

そのような日常であるからこそ、親身になって自分を守ってくれる同部屋の上級生、とりわけ部屋長というのは、1学年にとって極めて重要な存在なのである。

 

特に入校して最初に配属される部屋の4学年というのは、部屋っ子の1学年に積極的に話しかけてメンタル面でのフォローをしたり、落ち込んでいれば励まし元気づけたり、防大で生き抜くために必要なアドバイスをしたり、また休日には外に連れ出してご飯をご馳走したりと、かなり面倒見が良い場合が普通である。

 

それが前期の4学年に与えられた役割の一つであるし、何より自分自身が入校当時、前期部屋長の姿を見て「こんな4学年になりたい」と思わされた記憶が、皆少なからずあるからである。めざすべき防大生の姿を模範となって1学年に見せることが、前期の4学年には求められるのだ。

 

しかしNさんが当たった部屋長はそれを理解していなかった。

 

それだけでなく、やっていいこととやってはいけないことの分別がつかない部屋長であった。

 

より正確に言えば、それをやっていい相手かどうか、やっても問題のない時期にあるのかどうかを判別する能力が欠けていた。

 

その行為を「いじめ」と捉える相手に対してやってしまえば、それが「いじめ」になってしまうのは当然であるということがわからない4学年であった。

 

だが、そのような部屋長の部屋っ子になってしまったNさんにとって、それはどうにもならないことである。

先輩や上司・上官は選べない。

それは防大をはじめ軍事組織に限った話ではなく、中学生も高校生も、あるいは民間のサラリーマンも、自衛隊以外の公務員も、組織に属する人間は皆同じである。

 

では何が正解であったのか。

Nさんはどうすれば良かったのであろうか。

 

繰り返しになるがもちろん、部屋長によるNさんら1学年に対する一連の行為は明らかに間違っている。

自分が楽しむために立場が弱い者に対して何かを強要するというジャイアニズムは、個人的にも好きではないが、防大生であればせめて4学年に上がる前までには自重しておくべきである。

 

また何よりも、このような事案は「あってはならないこと」であるし、自衛隊の指揮官になろうという防大生にとって最も「してはならないこと」の一つである。

 

しかし、それは実際にあった。

実際に起きた。

「粗相ポイントが20を超えたら、風俗店に行って性行為中の写真を撮って来い」とNさんは部屋長に命じられた。

おかしな話だ。理不尽極まりない。

 

ではその時、Nさんと同じ状況にあった同部屋の同期たちはどのような行動をとったであろうか。

 

防大の学生舎という閉鎖空間において、4学年である部屋長は「神」の立ち位置にある。

一方、Nさんら1学年は「ゴミくず以下」の存在だ。

番組内でもOBの一人がそのような類の証言をしているシーンがあったが、言葉通りの意味にとって問題ない。

 

また、「ゴミくず以下」の1学年に与えられたオプションはYES(「はい」)かNO(「いいえ」)の2択である。

 

以上を踏まえ、もう一度問いたい。

Nさんの同部屋の同期は、そのような状況下でどのような行動をとっただろうか。

そしてなぜ彼らはその選択をしたのであろうか。

その選択は本意に基づくものであったのだろうか。

 

ここで言いたいのは、Nさんも皆に合わせて同じ行動をとるべきであったとか、そういったチープな話ではない。

もっと本質的な話である。

 

なぜ防大の学生舎では「理不尽」がまかり通っているのだろうか。

組織全体で「理不尽」な環境を敢えて作り出しているようにさえ思えるのはなぜか。

 

そういった視点で見れば、「防衛大学校の闇」にも、また違った意味を見出せるはずである。

 

(つづく)