日本の安全保障の「真の問題」③
自衛隊の深刻な人材不足
そして、今回のインタビューで日本の安全保障に関わる最もファンダメンタルな問題として全員が言及していたのが「自衛隊の人不足」である。
陸海空を合わせた自衛隊の定員の充足率は、2024年12月時点で約90%にとどまる。
また、2023年度の自衛官の新規採用率は51%と過去最低を記録した。
少子高齢化による若年層の減少に加え、「終身雇用が当たり前」の時代から雇用の流動化が進み中途退職・転職が当たり前の時代になったという社会構造の変化もさることながら、職業としての自衛官に魅力を感じられない若者が増えているという見方もできる。
軍部の暴走と他国への侵略、そして悲惨な敗戦の経験から「いささかでも軍事に関わることは許せない」との思いを本能化してきた戦後の日本人にとってスタンダードであった視野狭小な平和主義・平和論はほとんど消え去り、かつては「税金泥棒」と揶揄され「日陰者」とされた自衛官の社会的な評価もかなりの程度改善してきている。
とりわけ安全保障を中心課題に据え、「戦後レジームからの脱却」に取り組んでいた安倍晋三政権期はその傾向が顕著で、メディアでも自衛隊を特集して持ち上げるような記事や番組が多く組まれていたことから、2022年11月に内閣府が実施した「自衛隊・防衛問題に関する定期世論調査」では、自衛隊に対してよい印象を持っていると答えた人の割合は90.8%にも達することがわかった。
それにも拘らず、自衛隊は若者のリクルートに苦戦しているのである。
複数の現役自衛官の証言によれば、航空自衛隊では昨年一年間で3佐~1尉の幹部自衛官が約130人も退職しているという。
実際に自衛隊を最近退職した元幹部自衛官の知人に話を聞いてみると、
「市ヶ谷の仕事は戦う気もない書類作成ばかりだし、特に高級幹部は一部を除いて本当にやる気がない。士気が低く、整備しかできない年寄りの定年を延長することで人員不足を補おうと躍起になっていて、中堅や若手を蔑ろにしている」
と、自衛隊という組織に対し失望しきっている様子であった。
彼のような中堅幹部の大量離職は程度の差こそあれ陸海空すべてに共通した深刻な問題である。
この先いくらAIを応用した兵器の開発によって省人化・無人化が進んだとしても、軍事組織の根幹はマンパワーに他ならない。
今回の現役幹部自衛官へのインタビューで挙がった情報をまとめると、海上自衛隊では水上艦艇、航空機、潜水艦のいずれも人が足りていないが、最も深刻なのは潜水艦乗りであり、勤務環境の過酷さ、潜水艦乗りに求められる能力水準に達している水兵(隊員)の絶対数が少ないこと、仕事内容に見合わない給料への不満などによって、組織内における職種のミスマッチが発生していることが主な原因であるとのことである。
また、航空自衛隊ではパイロット以外の職種、特に情報(インテリジェンス)幹部が多く離職する傾向にあり、情報幹部は英語をはじめ外国語に堪能であり基本的に地頭の良い隊員がアサインされていること、さらに日々の業務によって分析力やブリーフィングスキルが磨かれる環境にあるため転職市場でも引く手あまたであり、「優秀で仕事ができる人ほど辞めていく」といった声が複数聞かれた。
ある航空自衛隊の幹部は、人員不足の問題について以下のように語る。
「空自の人員不足は深刻で、パイロット以外は大半の職種が悩まされている。近年若手をターゲットとして俸給の改善がなされたものの、第一線で働いている中堅の待遇はほとんど改善されていない。ITリテラシーが極めて低く、改革にネガティブな年寄り高級幹部が居座っているせいで増加の一途を辿る任務と訓練を捌き切れておらず、中堅幹部はブルシット・ジョブに忙殺されるのだから、より能力を活かして活躍でき、かつ待遇の良い民間企業に人材が流れていくのは必然だろう。この組織にイノベーションは期待できない」
また、ある陸上自衛隊幹部はため息交じりに筆者にこう語った。
「とにかく人を大事にしない。自衛隊のHRは酷いし、リクルートも下手。幹部自衛官という仕事自体は魅力的だし、部隊勤務は本当にやりがいがある。だけど、それ以上に組織への失望が大きすぎて、優秀な人材から辞めていってしまうからどうしようもない」
若い人材を集められない。
今後の自衛隊を背負って立つはずの中堅幹部はどんどん離職していく。
自衛隊、そして日本の安全保障の「真の問題」は、軍拡と対外強硬路線を押し進める中国の脅威や北朝鮮のミサイルなどといった以前に、自衛隊の組織内部、特に現状維持を良しとする旧い組織カルチャーと危機意識のなさに見出すことができよう。