在沖縄米軍のプレゼンスにみる日米同盟の今日的意義②

在沖縄米軍のプレゼンスにみる日米同盟の今日的意義①

 

在沖縄米軍の存在意義

 

(1)なぜ沖縄に米海兵隊が必要なのか

上述したように、アメリカ側からみた日米同盟存続意義の一つとして日本の地政学的重要性が挙げられるが、これは在沖縄米軍のレゾンデートルに直結するものでもある。在沖縄米軍の存在意義ないし在沖縄米軍基地の役割を検討する上で、まず、在沖縄米軍の中心部隊である海兵隊がなぜ沖縄に必要とされるのかを理解する必要がある。

 

防衛大学校安全保障・危機管理センターの山口昇教授は、『中央公論』2010年5月号に掲載された「沖縄に米海兵隊が必要な五つの理由」の中で、在沖縄海兵隊の役割と機能、および存在理由について論じている。これによれば、第一に海兵隊が緊急対処能力に優れており、定期的にアジア地域を遊弋し、スマトラ沖地震の際の救援活動では中心的な役割を果たした実績があること。第二に、海兵隊の基地が小規模ながら存在することによって、朝鮮半島での有事の際には前方展開のための拠点となり、増援も円滑に受けられること。第三に、日本本土、朝鮮半島および台湾からそれぞれ約1000キロメートルに位置するという沖縄の地理的条件の良さ。第四に多国間演習等を通じて、アジア地域の信頼醸成という面で機能していること。そして第五に、日米同盟は日本側の基地の提供とアメリカの軍事力による抑止力、あるいは東アジアにおける国際秩序の提供という、非対称ではあるが一定のバランスの上に成り立っていること。ゆえに基地の撤去は、日米同盟の根幹を揺るがすことになりかねないのである。

 

たしかに、沖縄では米軍機の騒音や事故の危険が絶えず、米兵による不祥事も地元住民の反感を買い続けてきた。また、在日米軍施設・区域の7割以上が沖縄に集中していることに対し、負担の軽減を要求する声も後を絶たない。それにも拘らず沖縄に米海兵隊が存在し続けてきたのは、そのような反米感情の影に隠れがちである確固とした存在理由が沖縄の海兵隊にあったからに他ならない。

 

(2)在沖縄米軍基地の役割

このような米海兵隊の沖縄駐留理由を踏まえ、陸・海・空軍を含めた在沖縄米軍基地の役割とはいかなるものであろうか。

 

沖縄には、海兵隊第Ⅲ海兵遠征軍、空軍第18航空団、陸軍第1特殊作戦群第1大隊および海軍の支援部隊などが所在する。これらの米軍部隊の基地は、前方展開部隊のための駐留基地、北東アジアにおける有事の際の作戦基地、および北東アジア以遠の地域において米軍が行動する場合の後方支援基地としての役割を担っている。

 

たとえば、海兵隊や陸軍が米本土から北東アジアに海路展開する場合には最低3週間を要するが、沖縄からであれば、朝鮮半島まで2日、日本本土まで1~2日で展開できる。

 

また、沖縄の米軍基地には、前方展開部隊が作戦するための根拠地としての役割があり、特に嘉手納に所在する米空軍の作戦を展開する上で、沖縄の地理的位置は重要な意味をもつ。沖縄は朝鮮半島から約1000キロメートル、九州から800キロメートル、台湾海峡から900キロメートルの位置にある。戦闘機の行動半径が約1200

キロメートル以上であることから、北東アジアから南シナ海北部にかけて、嘉手納に所在する戦闘機によってカバーすることができる。

 

さらに、沖縄に所在する米軍基地は、米本土およびハワイから東アジア以西に向かう中継基地であり、補給品や装備品をいったん集積する後方支援上の中継基地、あるいは米本土から来援する部隊にとっては、作戦任務に従事する前に、最終的に補給・整備や訓練を行う作戦準備地域(Staging Area)としての意味がある。

 

つまるところ、沖縄に所在する米軍基地は、アメリカが地球規模での前方展開態勢を維持する上で戦略的に大きな意味を有しており、在沖縄米軍部隊と自衛隊との有機的な連携は、日本はもちろん東アジアの平和と安定に寄与するものである。同時に、韓国などのアメリカの同盟国にとっても、在沖縄米軍基地はきわめて重要な意味をもっている。

 

日米同盟の今日的意義と今後の展望

 

(1)日米同盟の今日的意義

これまで述べてきたように、沖縄に在日米軍が集中する最大の理由としては、アメリカの前方展開態勢維持のための拠点となりうる沖縄の地理的重要性が第一に挙げられるが、日米同盟の今日的意義を考えるときもまた、アメリカの対中戦略にとって日本の地理的重要性がきわめて大きいことを念頭に置く必要がある。

 

アメリカは中国のA2/AD(Anti-Access/Area-Denial:接近阻止/領域拒否)戦略を警戒しており、将来日本が西日本から南西諸島周辺にいたる海空域と島嶼部の防衛について堅固な態勢を整えることができれば、わが国領域周辺で行動する米軍にとって自然の掩護となり、アメリカが西太平洋におけるアクセス拒否環境を克服する上での重要な支援となるからである。したがって、中国の軍事的プレゼンスが膨張し続けている今日において、日米両国が協調する余地は極めて大きく、ここに日米同盟の今日的意義の一つを見出すことができる。

 

とはいえ、日米同盟が失ってはならない安全保障上の国益であることを理由に、沖縄ばかりに負担を押し付けていいということにはならない。いかに沖縄の地元住民の負担を軽減するかという問題に対して政府は真摯に対応し、国を挙げて問題の早期解決を図っていくことが求められる。

 

ところで、同盟とは「安全保障問題に関して協力するための二国間または多国間の公式協定」(ウォルファーズ)、あるいは「特定の状況下における構成国以外の国に対する軍事力の行使(または不行使)のための諸国家の公式の結び付き」(スナイダー)などと定義される。いずれの定義に拠るにしろ、同盟の鍵は同盟国間で共同軍事行動(共同防衛)をいかに取るかにかかっているといえる。このような観点からすれば、日米同盟の非対称性は同盟の不完全性を意味するものであるともいえ、そこから同盟負担の不公平さや日本の安保ただ乗り論が議論されることもある。

 

以前の民主党に至っては、ホストネーションサポートの削減や地位協定の見直しなどを一貫して主張していたが、日米同盟の本質的な構造と、今日の日本とアメリカの経済力、軍事力における歴然とした差を鑑みれば、日米同盟ないし日米関係が対等なものであるとは言い難い。

 

しかしながら2009年、当時の民主党党首であった鳩山由紀夫元首相は「対等な日米関係の構築」を掲げ、後に普天間基地を「最低でも県外」に移設すると発言し、日米同盟の根幹を揺るがしかけた。結局、この一連の事件を通して日本は、日米同盟は「物と人との協力」であり、本質的に非対称なものであることを再認識することになった。すなわち、日本側からみた日米同盟のもう一つの今日的意義は、新安保条約が締結された50年前と同様に、日本が米軍に基地を提供する代わりに、アメリカが人を提供して日本の安全を確保するという日米同盟の本質的側面にある。

 

たしかに、日本(特に沖縄)は米軍基地の受け入れというコストを払ってきたが、それは同盟関係を破棄し、自主防衛路線に走ることによって生じるコストに比べれば遥かに割安であって、日本は日米同盟関係を基盤に「経済重視・軽軍備」という吉田路線を選択し続けてきたからこそ、経済的繁栄という恩恵を被ることができたのである。

 

日米同盟関係において、日本は同盟の非対称性を是正してアメリカとの間に「対等な関係」を築こうと模索するよりは、むしろ日米同盟の非対称性を受け入れ、いかにアメリカを日本の安全保障にコミットさせ機能させるか、という本質的な問題に努力を傾注していけるかどうかに、今後の同盟関係の行方がかかっているように思われる。無論、同盟の深化という意味では「拡大均衡」を可能な限りめざすべきではあるが、憲法9条を基盤とする日本の安全保障政策には、それにも限界があるといわざるを得ない。

 

(2) 日米同盟・日米関係の今後の展望

米太平洋軍司令部で海兵隊司令官を務めていたキース・スタルダーは、「なぜ海兵隊は沖縄にいなければならないのか」という質問に対し、「地理的要件が重要だからだ」と答えている。スタルダーのように日本の地理的特性を日米同盟の効用として捉える見方はアメリカの軍事エリートのみならず、政府関係者の主流をなしているといわれるが、裏を返せばアメリカは地理的特性以外に日米同盟の利点を見出せていないのである。

 

それでも、中国の台頭という共通の課題を前にして日米同盟関係を深化させ、東アジアの安定を堅持していくことは両国にとっての国益であり、逆に中国の脅威が消失しない限り、同盟関係を解消することはどちらにとっても得策ではない。

 

2009年のオバマ政権誕生以来、アメリカは一貫してアジア重視の姿勢を見せてきた。2010年2月に米国防省が公表したQDR2010ではアジア太平洋地域に対する関心を前面に押し出しており、「在日米軍の長期的なプレゼンスを確保し、米国領土の最西端に位置するグアムを、この地域における安全保障活動のハブにする二国間のロードマップ合意実現に向けて、日本とともに努力する」ことが記されている。また、クリントン国務長官(当時)が『フォーリン・ポリシー(Foreign Policy)』2011年11月号に寄稿した「アメリカの太平洋世紀(America’s Pacific Century)」では、「(国際)政治の将来が決定されるのはアジアにおいてであり、アフガニスタンイラクではない。そしてアメリカはそのような動きの中心に位置する」として、アジア太平洋地域の重要性を訴えている。2012年1月には新「国防戦略指針(Sustaining U.S. Global Leadership: Priorities for 21st Century Defense)」が公表され、国防体制におけるアジア太平洋重視、アジアの同盟国との関係強化などが打ち出された。さらにQDR2014においても、アメリカの「リバランス政策」が再確認されている。

 

「テロとの戦い」の終息を前提にしてはいるものの、アメリカは今後も対外政策におけるアジア・シフトを促進していく。これに伴い、日米両国はともに同盟関係を強化していく必要性が増していくであろう。北東アジアの不安定化、すなわち日本を取り巻く安全保障環境の脅威が増大するほど、その脅威に対処しようとする限りにおいて、日米両国は同盟関係を深化させていかざるを得ないのである。

 

また、戦略的にきわめて重要な場所にある基地を提供し、政治的にも安定し、ホストネーションサポートを提供する経済的余裕があり、基本的価値観と戦略を共有する国として、アメリカにとって同盟国日本は既にかなり高い価値を有している。日米同盟の今後の展望として、日本がアメリカにとっての同盟国としての価値をさらに高めるためには、アメリカとの信頼醸成を継続的に進展させていくことはもちろん、たとえば2014年7月1日に閣議決定された集団的自衛権行使の容認に基づく日米共同行動に向けた迅速な法整備や部隊レベルでの具体的な準備、軍拡(防衛費増額)によるわが国周辺の安全保障上の脅威に自力で対抗しうる程度の「自強」政策を進めていくなどの抜本的な改革が必要になる。日本の防衛費増額に関しては、対中抑止としての効果も大いに期待されよう。

 

そしてその前提となるのは、国内政治の安定、および教育水準の高度化、企業における組織効率の向上ないし質の高いコーポレート・ガバナンスに向けた人的資本への投資と、研究開発(R&D)投資の充実などに基づく生産技術の向上による長期的な経済成長を軸とした、国力の底上げである。特に「失われた20年」から脱却できずに低迷し続ける日本経済の復活の如何は、日本の国際競争力はもちろん、今後の安全保障政策を大きく左右しかねない。コンストラクティビストが指摘するように日本の反軍国主義の社会規範が安定的なものであるとすれば、国家経済のマージンなくして防衛費の増大をはじめとする「自強」政策が実現することは考えにくい。

 

おわりに

日本経済の復調が待たれる一方で、アメリカも2011年にはパネッタ国防長官(当時)が10年間で4870億ドル(約37億円)という大幅な国防費削減を実施する旨を明言している。これに伴い、アジア太平洋における海兵隊と陸軍の体制は維持しつつも、地上戦力を中心に米軍全体の規模は縮小されていく。このような現状を踏まえ、日本はアメリカのアジアにおける政治的コミットメントと軍事的プレゼンスを通じてこの地域の平和と安定をめざしていく上で、防衛法制の整備を含む包括的な安全保障体制の構築を進めつつ、アメリカとの間で綿密な政策調整を行いながら、併せて米軍・自衛隊における部隊レベルでの連携を相互に深めていかなければならない。さらに、沖縄県をはじめとする地元住民の負担軽減といった問題にも同時並行的に取り組んでいくことが求められる。

 

本稿では、日本を取り巻く安全保障環境と日本の安全保障戦略、およびアメリカの東アジア戦略を概観しつつ、在沖縄米軍の存在意義・存在理由の再検討を行い、日米同盟の今日的意義を日本の地理的重要性と、「物(基地)と人(在日米軍)との協力」という日米同盟の本質的側面の二つに着目して論じた上で、日米同盟の今後の展望として、日米両国が同盟関係を深化させていかざるを得ない状況にあることを指摘してきた。そして、日本がアメリカにとっての同盟国としての価値を高めていくためには、アメリカとの信頼醸成を進めていくとともに、防衛費の増額をはじめとする「自強」・対中抑止政策を進めるべきであり、その前提には政治の安定と生産技術の向上に基づく経済成長が欠かせないことを明示した。

 

日米同盟は、日本が軽武装にとどまりアメリカに対して安全保障面での協力を求める限り、日本にとって捨ててはならない安全保障上の国益であり、同時にアメリカにとっても、アジア太平洋地域を中心に世界戦略を展開するための重要な国益である。

 

しかし、これまで永続的な同盟関係が存在してこなかったという歴史的事実も見落とすべきではない。中国だけでなく、日本以外のすべての周辺国が軍事費を増大しているという現状を踏まえ、日本は今後、アメリカとの共通の戦略目標に向け同盟関係を深化するための努力を続けながらも、数十年先の日本の安全保障を見据え、国際平和活動等を通じて国際的連携を重視しつつ、国防の自助能力を継続的に高めていくべきであろう。

 

 

○引用・参考文献

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