防衛大のいじめ問題――「下級生いじめがまん延」はない

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まずはじめに、違法な暴行はいかなる組織の内規や「伝統」が存在しようと違法に他ならず、幹部自衛官となるべき者を教育訓練する防衛大学校においては決してあってはならないことである。

また、一般的に「いじめ」と表現されるような低俗で卑劣な行為を下級生指導と混同する、もしくは恣意的に同一視するというのは、自分が置かれている士官候補生という立場がいかなるものであるかを理解していなかったことに起因するものであろうと察するが、一卒業生としては残念極まりない。

 

ただ、記事の見出しにある「下級生いじめがまん延」というのは事実と異なるように思われる。なぜなら、そのような下級生への「いじめ」を楽しんでいる余裕など、ほとんどの防大生にはないからである。

 

なお、記事にある「粗相ポイント」に関しては自分は一切縁がなかったが、これを「陰湿ないじめ」と捉えるのであれば、一般大学の運動部やサークルの多くで「陰湿ないじめ」が横行していることになるのではないだろうか。実際、学生に限らず社会人でも先輩・上司のこの手の悪ノリ、悪ふざけなどは、特に体育会系が多いとされる業界ではよくある話であろう。

 

さて、防大生活というのは非常に特殊なものであり、決して「給料をもらいながら学費を払わず楽しい大学生活が送れて、身分は特別職国家公務員で将来は幹部自衛官だなんて最高!」などという生易しいものではない。

 

事実、自分の期では4月1日に着校し、4月5日の入校式を経て正式に防大生になるまでの5日間で100人以上が入校を辞退した。その後も事あるごとに同期が去って行き、600名以上着校した中で卒業できたのは400余名である。あの学校で4年間を過ごすにはそれなりの「覚悟」が必要なのだ。

 

各学年2人ずつ、8人部屋の全寮制であるため、24時間常に誰かと行動を共にしなければならず、分単位、時には秒単位で時間に追われるストレスフルな学生舎生活に加え、週7日間の校友会活動(部活)で身体を鍛え、平日は外出することすら許されず、土日も門限が定められており制約も多い。さらに一般の大学生のように授業を一度でもサボろうものなら服務事故となり留年確定、春夏冬の定期訓練後の長期休暇も校友会の合宿が詰め込まれ、自由な時間はほとんどない。当然、入校時の宣誓において「全力を尽くして学業に励むことを誓」っている以上、学業を疎かにすることはできない。そのような生活を4年間、毎日続けるのである。

 

防大生は厳格な服務規律・規則に拘束される集団生活を核とし、知・徳・体を総合的に鍛え上げる教育訓練を通じて、指揮官に不可欠とされる素養を涵養し、日々その向上に努めている。それはすなわち、「エリートたる者、その能力を社会に還元していく責任がある」というノブレス・オブリージュの精神であり、良識ある人格に裏打ちされたリーダーシップを身につけるための基盤であり、不愉快、困難、危険、嘲弄、退屈、迷いや瞬間的な衝動行為に対する抵抗力等である。そして、任務を完遂するためには指揮下部隊の団結・規律・士気・錬度、換言すれば「チームワーク」がいかに重要であるかを理解するために、中隊単位での密接な人間関係を基本とする学生舎、校友会、訓練を通じてリーダーシップ・フォロワーシップ・メンバーシップ・スチュワードシップを学んでいるのである。

 

また、特に入校から2学年4月末に実施されるカッター訓練終了までの1年1ヶ月は、肉体的精神的苦痛を伴う機会が非常に多いが、ここでの「耐え難きに耐える」という経験はかけがえのない一生の財産になる。防大生活が本当の意味できついのは、肉体的にも精神的にも極限まで追い込まれるこの期間である。

 

自分は防大を卒業後、幹部候補生学校にて自衛隊を退職したいわゆる早期退職組であるため、部隊経験がなく、実際のところ部隊と比べて防大生活がどれ程きついのかはわからないが、「精鋭無比」の標語で名高い陸上自衛隊・第1空挺団の空挺レンジャー課程を修了した兄いわく、「レンジャーより防大1学年の方がきつい」とのことである。

 

以上に述べてきたように、防大生の大半は厳しく耐え難い防大生活を真面目に送りながら自己研鑽に励んでいる。学業・校友会・学生舎生活の三本柱に加え訓練まで課された多忙な日々の中で、何に注力するかは人によって異なるが、自分の場合はカッター訓練終了後から卒業までの間に3000冊ほどの本を読んだ。それが今の自分の礎となっている。

 

防大の同期、諸先輩方には心の底から尊敬できる人々が少なからずいる。それがごく一部の人間の悪行のせいで現役の防大生、防大OB、そして防衛大学校が世間から白い目で見られるというのは我慢ならないものである。