習近平国家主席演説――中央外事工作会議

Leader Asserts China’s Growing Importance on Global Stage

 

中国の習近平国家首席が先週末に開かれていた中央外事工作会議の中で、外交政策の方針を公の前で表明している。

 

習近平外交政策の基本方針は、2012年に発表された「中国の夢」において掲げられた「中華民族の偉大なる復興」という理念に基づくものであると思われるが、Zhang Baohui香港・嶺南大学教授によれば、今回の演説は「習の外交政策に対する情熱と、彼が中国隆盛の最終局面を見据えているという事実を反映して」おり、「これ(演説)は中国のグランド・ストラテジー(大戦略)に関するもの、すべてについて」であるという。

 

習近平は演説の中で中国の核心的利益について触れ、「我々は正当な権利と国益を決して放棄せず、また中国の核心的利益を蝕ませるようなことは決してさせない」と強調した。さらに、「領土主権と海洋権益を断固として守り、領土や島嶼を巡る紛争問題を適切に処理する」と述べていることからも、南シナ海および東シナ海における対外強硬路線を推し進める見通しである。

 

中国は覇権国ではないものの、経済力・軍事力の面ではいまや紛れもない大国であり、大国として相応しい振る舞いを見せるべきであると多くの専門家が語る。

 

しかし中国の動向を見る限り、中国は明らかにハードパワーの行使、すなわち力による現状変更を企図しているように思えてならない。

 

一応中国も胡錦濤の時代からソフトパワーがなんちゃらとは言い出していて、習近平も今回の演説で「中国のソフトパワーを増大していくことは極めて重要」であると述べている。しかし少なくとも、中国のいう「ソフトパワー」が、相手の選好に働きかけ、間接的に影響力を行使するという意味でのソフトパワーとは別の概念であることはたしかである。

 

(※) でも中国のソフトパワーってなんなんだ一体…とりあえず『論語』と中華料理は好きなんだけどな…。

 

習近平は、中国は近隣諸国にとって脅威ではないことを繰り返し強調するが、脅威を「意思×能力」として捉えれば、我が国にとって中国は紛れもなく脅威に映る。ちなみに日本もアメリカも中国に対して公式に「脅威」という言葉を用いてはいない。

 

アメリカの相対的なパワーの衰退に伴い世界が多極化へと向かう中、中国は経済力と軍事力を基盤とするパワーを増大させ、国際社会における影響力の確保、とりわけアジアにおける覇権を打ち立てようとしている。たしかに「中華民族の偉大なる復興」という理念は、国内向けのレトリックという側面が大きいことには違いないが、少なくとも東アジア地域に限っていえば、わりと本気で中華帝国を復興させようとしているのかもしれない。

 

そういえば防大4年のとき、中国を専門とする国際政治学者でもある國分学校長に直接お話を伺う機会に恵まれて、そのとき「中国の外交は国内政治、特に党内の権力闘争ありきなんだよ」と仰っていたのを思い出す。

 

中国研究の第一人者である國分先生が仰るからには、中国では対外政策が国内政治に大きく規定されるに違いなく、「中国の夢」は、やはり党員ないし国民の受けを狙ったものであると考えられる。非民主主義国家である中国政府の国内における正当性はそこに拠るしかない以上、当然といえば当然ではある。

 

ではあるものの、東アジアの歴史を見れば、そのほとんどの期間において中国が覇権を握っていたといっても過言ではない。日本が中国のパワーを凌駕したのは1894年の日清戦争における勝利以降のことで、たかだか100年ちょっとに過ぎないのである。元や清など異民族によって築かれた王朝期が間々あったにしろ、それを差し引いても圧倒的な長期間、日本の上位に位置してきた漢民族中華民族)にとって、日本人は格下・下等な民族であるという認識が根底にあるのではないだろうか。そういう見方が良いか悪いかという話は別にして。

 

中華民族の偉大なる復興」には、そういった民族的なプライドみたいなものが多分に含まれているように思われる。それはナショナリズムとも違う、もっとファンダメンタルな部分に根付くものなのだろう。

 

その追求が彼らの戦略であるとすれば、それはたしかに合理的ではないかもしれないが、合理的な人間が不合理な行動をすることは現実には決して珍しくはない。

 

無論、何を以て「合理的」であると見るかによっても話は変わってくるのであるが、いわゆる効率的市場仮説や合理的期待形成仮説だってあくまで一つのモデルというか仮説にすぎないし、ウォールストリートの「天才」にしろ、マエストロといわれたグリーンスパンにしろ、世界で最も「合理的」な人間たちでさえあのような過ちを犯すわけである。

 

山口昇先生が戦略論や戦争論研究の講義でよく仰っていたが、「人は間違う、機会は壊れる」のである。

 

ましてや経済以上に不合理性に左右される政治の領域であることを勘案すれば、中国は本気で「夢」を追っているのではないかと思ってしまう。

 

とにもかくにも夢を追うのは勝手だが、周りを巻き込んで夢を押し付けようとすることだけはやめていただきたいものである。